③
タクシーに乗って、骸廻様の近くで降ろしてもらう。九時を過ぎていた事もあって、道を歩いていても誰とも擦れ違わない。
「いやぁ。正直、夜の方がこちらも助かりますわ。彼が学生さんなので、日中は動きにくいんですよね。俺は結構自由に動けるんですけど」
「俺、課題出てるから、別に夜なら良いって訳じゃないけど」
「あーごめんて! 無理な時は言ってね。俺も大学のスケジュールまでは分かんないから」
男性に話し掛けたつもりが、結局いつも通りに彼との会話になってしまう。
「あの……骸廻様って?」
だが彼と話している途中、男性の方から話を切り出してきた。俺はイツキくんから、男性へと視線を移す。
「おや。余りご存知ないですか? ご遺体を全て受け入れて、死した直後より時間を止め、生身に近い状態で安置してくださる、ありがたーい骸廻様を」
「話は知っていますが、直接見た事は……そんな仏様がこんな所に居るんですか?」
「仏様とは違いますよ。骸廻様は骸廻様ですからね。とは言え、実際のお姿を拝見出来る機会は確かに限られていますよね。ご葬儀や、俺等みたいな仕事に関わらない限りは――」
「先生、行き過ぎ。そこ曲がる」
「おっと」
奥まった道を進んでいくと、やがて大きな建物が見える。本来は白いはずだが、夜のせいで灰色にくすんで見えた。
「体育館?」
「いーえ。サキちゃんを安置してくださっている骸廻様は、あすこにおわしますよ。骸廻様は一躯一躯、ご自身のおうちをお持ちですからね。さぁ行きましょう」
しばらくは全員黙って歩いていたが、建物一枚目の扉を入った所で、男性から再び切り出される。
「ここに本当に遺体が? そんなカードで、簡単に入れるのに」
ピッと俺がカードキーを通す様子が余程気に入らなかったのか、男性は酷く顔を歪めた。
「簡単では無いですよ。ここからパスワードと生体認証も必要ですし、何より予約時間にならないと受け入れて貰えないんですよ。あ、でも今はスマホでパパッと骸廻様の空き時間をチェックして、予約出来るようになったんですけど。便利な世の中になりましたよね~」
「今の、パス一桁違う」
「おおぅ……ちょっと黙るんで、待っててくださいね。三回間違えると、今日入れなくなっちゃうんで」
男性は腕を組み、仁王立ちをする。男性からの視線を背中に感じつつ、俺は正しいパスワードを入れ直した。
どうにか扉を開けて中に入ると、男性の表情が変わる。
「……神社?」
「ではないですが、お作法は神社とよく似ていますよ。まずはここで手を洗いまして」
入ってすぐに設けられている手水舎を模した場所。まずは俺がそこで柄杓を使って、手を濡らす。
「ハンカチ」
「あ。イツキくん、ありがと」
鞄の中にハンカチは入っているが、先に出すのをよく忘れる。彼から差し出されたハンカチを受け取って、俺は手を拭いた。
「この奥には骸廻様がおわしますので。ほら。あそこに、もうお姿が見えていますよね」
こちらはニコニコしながら伝えたつもりだったが、男性はぎょっとして後ろへ一歩下がった。




