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「と言う事で、こちらが骸廻様です!」
「……」
男性は無言で、目の前にある五メートル程はありそうな巨体を見上げる。つられるようにして、俺もまじまじと久方振りに姿を観察する。
もう目が慣れてしまったが、最初こそ俺も驚いた。
骸廻様は修行僧のような身なりで、静かに胡座を組んでいる。その顔は無表情なのか、悟りの境地なのか分からないが、有事以外は常に目を閉じている。何を考えているのか読み取れない表情は、どうも今でも苦手だった。
「十分大きいけれど、布袋の大仏様よりは小柄だよね」
「布袋の大仏?」
「え? イツキくん、知らないの? 角度によってサングラス掛けてくださる布袋の大仏様。今度、愛知に行った時に見に行かないと」
イツキくんは微妙な顔をしてスマホを触り始める。どうやらネットで検索するらしい。便利な反面、それで済んでしまうのは少し寂しく感じた。
「遺体なんて、何処に……」
彼とは少し違うが、男性もまた神妙な面持ちになって、そう小さく呟いた。
「え? ご遺体は骸廻様の腹に納められていると、聞いた事はありませんか?」
「知っていますが、腹って……」
「文字通り、腹ですよ」
イツキくんに視線を送ると、丁度目が合う。彼は触っていたスマホをポケットにしまい、俺と一緒に前へ出た。
「さて。ここからは少し準備が必要なので、貴方は下がってお待ちください」
目を閉じている骸廻様の前には、二つの大きな台が並べられている。一つは黒色で、ご遺体を乗せる台に使われているもの。だから黒い方ではなく、もう一つの白い台へ俺達は近付く。
「えーっと、お魚お魚」
必要な物。お神酒、塩、冷凍の鯛、学会認定印付きのちょいと高めな鎮静剤。
お神酒を混ぜてシャーベット状になった塩を、解凍した鯛の全面にしっかりまぶす。その鯛の腹には、鎮静剤を忍ばせてある。
一見すると魚の塩釜焼きに思えるソレが、骸廻様へのお供物。
「毎回毎回準備すると、これも結構バカになんないんだよねぇ……他はしゃあないとして、鎮静剤をもうちょっと安くしてくれないかなぁ……あとこれ、地味に重いし」
「だから、俺持つって言ってるのに。先生、腰悪いんだから」
「その言い方だと、何かおっさん扱いで悔しい」
「自分でおっさんって言う癖に」
鞄から取り出した供物を、俺の代わりに彼が台へと乗せる。
準備が整うと、俺と彼は同時に頭を下げた。
二礼二拍手一礼。特に柏手を打つ時は、大きな音が鳴るように左右の手を強くぶつける。本来はこの後に祝詞が続くのだが、俺は省略している。個人的な見解だが、骸廻様は音を分かっていたとしても、恐らく言葉の意味までは理解していない気がする。
そうでなければ、これだけで骸廻様は起きてこないはずだから。
「ひっ……」
背後からは男性の悲鳴が聞こえるが放っておく。今は、骸廻様の目がゆっくりと開いていく様を眺める。
正直、骸廻様は得体が知れない。解明出来ていない点が多く、未だに相反する内容の論文が連発される。だから畏怖の対象というより、その特性から不気味に感じる事の方が多い。
それでも翡翠色をしたこの瞳だけは綺麗だと思っていた。
「イツキくん、下がろう」
「ん」
骸廻様の目が完全に開いた所で、俺達も後ろへ戻る。骸廻様は緩慢な動きで手を伸ばして、塩釜焼き風の魚を鷲掴みにする。
「いつも思うけれど、あれって塩分摂取量過多だよね。余裕で一日分の目標量、超えてそう」
「じゃあ今度、砂糖にすれば」
「砂糖漬けの魚……面白そうだけど、失敗したら嫌だから、止めておくよ」
大きな掌から塩をボロボロと零しながらも、骸廻様が供物を口へと運び、ゴクリと嚥下音が聞こえる。
その仕草を全て見届けると、俺は男性の方へ振り返った。
「さて。薬が効くまでに三十分程は掛かります。また待ち時間ですが、ご了承ください。ああ、トイレはこの中に無いので、トイレ休憩が欲しかったら一旦外に出るので、言ってくださいね」
せっかく話し掛けてみたが、男性は呆然としていた。俺は肩をすくませて、イツキくんの方へ向き直る。
「どうやらトイレ休憩は要らないみたいだから、今のうちに掃除しよっか」
「もっと綺麗に食えば良いのに」
俺が言う前から、彼は既に箒と塵取りを手に構えていた。骸廻様が食べ零した塩を片付けるのが、俺達の中では待ち時間の恒例になっていた。




