第8話:試験を突破するには……?
龍人族、という種族がある。
その種族の者たちの姿形は普通の人間と相違ないのだが、その身体の要所を頑丈な鱗が覆い、額には二本の長い角、臀部には脚ほどの太さを持つ尻尾が備わっている。
龍の血が流れているというだけあって腕っぷしは強く、さらには、口からブレスを吐くことも可能だという。
まさに、モンスターの頂点に君臨するドラゴンと、自然界では頂点捕食者に位置する人間を掛け合わせたサラブレットだ。
「岩の中にあるカードを透視しろ?間怠っこいぞ!!」
龍人少女は、ガントレットのように緑色の鱗に覆われた拳を構え、眼前の山とも形容できるほどの岩塊に狙いを定めると、
「この岩をぶっ壊して、カードを探し出すだけだ!!」
土埃を巻き起こすほどの勢いで大地を蹴飛ばすと、一瞬にして距離を詰める。
そして、
「龍破拳!!!」
目にも止まらぬ速さで掌打を叩き込む。
「うわっ!!」
「す、凄ぇ力だな!!」
硬質な物を打擲した音が一帯に響くと同時、龍に匹敵する膂力から放たれた渾身の一撃により爆風が発生。少女を中心に、中庭を強風が吹き荒れ、身体を呷られた受験生たちが、少女を囲むように数歩ずつ下がる。
「これだけの力があったら、さすがに岩も壊れているだろうな」
「それにしても、凄い力だな。さすが龍人族だぜ」
土煙が晴れ、距離を取っていた受験者たちが岩の前へと戻って来るが、
「ほえ?なんでだ?アタシの龍破拳は、巨人族でも泡を吹いて倒れるのに!」
平常を取り戻した視界に広がったのは、塵一つ作らないまま整然と構える岩塊だった。
「おほん。一つ言い忘れとったことがある」
風圧に吹き飛ばされたのか、ムスターハ学園長が屋上の柵の上へと這い戻りながら口を開く。
「岩を壊した者は即失格じゃ。これはあくまで『岩を透視する試験』であって、『岩を壊すための力を測る試験』ではないからのぅ。まぁ、お主らには壊せんと思うがな」
「何だとぉーー!!」
最後の一言に腹を立てたのか、龍の少女はビシリと屋上の齧歯類を指す。
「ネズミの癖に偉そーにしてぇ!!龍人族を馬鹿にするなよ!!」
「なっ……!儂はネズミじゃなくてハムスターじゃ!!あんな感染症を媒介する薄汚い生き物と一緒にするでないわい!!」
「どっちも同じだーーー!!見てろよーーーー!!!」
ハムスターの見た目をした学園長が激高して抗議するが、少女は既に聞いていなかった。再び小さい岩山の正面に立つと、
「おらおらおらおらーーーー!!!龍破拳乱れ打ちぃ!!!!」
右脚・左脚・尻尾の三点で上半身を支え、速すぎて捉えることのできない一撃を何度も何度も何度も何度も打ち込んでいく。
「これでどうだー!!」
巨人族すらも一撃で失神するほどの力を持つ掌底を何度も打ち込まれたのだ。岩の塊は砂礫と化しただろう。
当の龍人少女を含む誰もが確信する中、霧のように蔓延する土煙が晴れるが、
「ほええ!!嘘だろぉーーーーー?!!!」
何事もなかったかのように天に向けてそそり立ち、自らを土塊にしようとした少女を見下ろす。
「ほほほ。そう簡単に壊れるようになっとらんよ。何せ、この岩石には儂の魔法が掛かっているのじゃからのう」
「ふーん。いいこと聞いたぜ」
今度は頭上から声が聞こえた。
アレクとロレンは上を見上げる。そこには、ネコの耳を頭頂に生やした男が一人、屋上に立っていた。
「なら、あんたを倒しちまえば魔法が解けて、岩を壊せるようになるんだよなぁ?俺たちネコ型の獣人族は、ネズミを狩るのは得意なんだぜ!!」
一閃。
普通の人間とは違う体構造なため、指先から出し入れ可能となった鋭い鉤爪を使い、ハムスターに痛恨の一撃を与えようとする。
「なるほどのぅ。そういう考え方もあるな。じゃが、儂だって、ネコの動きを躱すのは得意なんじゃよ?」
短刀のように砥がれた鋭い爪の一本にでも触れてしまえば致命傷になるはずだが、小動物の姿をした学園長には当たらない。手摺りの上を舞うように、ひらり、ひらりと紙一重で躱し、ネコ型獣人の猛攻を避ける。
「くそっ!なんで当たらないんだ?!オレたちネコ型獣人族の俊敏さは、どんな種族にも劣らないはずなのにっ……!!」
たんっ、たたん、とたん。
時に身を屈め、時に跳躍し、時に風に吹かれて揺れる葉っぱのように。
小さな身体に風穴を空けんとする死の猛攻を、最小限の動きで、しかし、確実に避ける。
「俊敏さで言えば、ネコ型獣人族は圧巻と言えるじゃろうな。じゃが、お主には『技術』がない」
突如として身軽に飛び上がり、ぴんと立った二つの耳の間に着地すると、
「強くなりたいのならば、この学園で鍛えるんじゃな!」
爪楊枝サイズの杖でネコ耳獣人の頭を軽く叩いた。
傍から見たら蚊の食うほどにも思わぬ、些末な所作のはずだった。
「あ゛があっ!!」
にもかかわらず、意気揚々としていた獣人は膝から崩れ落ち、欄干に頭を凭れさせたまま力なく腕を垂らす。ネコ耳獣人の命運を心配したが、胸が静かに上下動しているところから見ると、気を失っているだけのようだ。
「さて、と。何度も言うが、これは岩を壊す『力』でも、儂を倒す『技』でもなく、『岩を透視する』という難題に諦めずに向かう『心』を試す試験じゃ。くれぐれも、そこを履き違えるでないぞ!」
力を失った少年の頭の上から欄干に戻ると、キヌゲネズミ科の小動物は口を開く。
が、
「構うな!ハムスター一匹如きに怯むんじゃねぇ!!」
「透視なんかよりも、こっちの方がよっぽど簡単に決まってるぜ!!」
「やれやれ。こんなに聞き分けのない年は初めてじゃわい。せいぜい心行くまで暴れてくれい!」
一部の受験生たちにとっては火に油だったのか、あるいは背中に生えた翼で飛翔し、あるいは校舎の壁をカエルのようによじ登り、あるいは地面から植物を生やして欄干へと続く梯子代わりとし、次々とムスターハ学園長の元へと殺到する。
「……だってよ。どうする?オレたちも学園長を倒しに行くか?」
中庭は暴れ回る受験生たちの乱痴気騒ぎだった。
主に、学園長の討伐に向かう者、岩を破壊しようと奮起する者、そして、アレクたちのように実直に岩の透視に努める者の三パターンに別れる。
「無理に決まっているだろ。あの学園長、『魔王軍殲滅戦線』のメンバーだぞ。俺たちが簡単に倒せるような相手じゃねぇよ」
「『魔王軍殲滅戦線』!?今から16年前に魔王をあと一歩の所まで追い詰めたっていう、あの『魔王軍殲滅戦線』か?!」
16年前、勇者ブランド率いるパーティ・『魔王軍殲滅戦線』は、魔王ルグルガーラ率いる魔王軍を壊滅させた後に交戦し、満身創痍になりながらも瀕死のところまで追い込んだ。
窮地に陥った魔王ルグルガーラは、仲間の魔物を盾にして既の処で行方を晦まし、そのまま姿を消したのだった。恐らく、傷の治癒と失った魔力を回復するために隠居し、力を蓄えているのだろう。
ちなみに、いつ魔王が復活してもいいように、魔王に抗うことができる英雄を育成しているのが、ムスターハ英雄学園だ。
「だから、まともに戦って勝てるような相手じゃねぇんだよ。きっと、俺たちが束になったって、片手間であしらってくるだろうな」
「でもよぉ。透視しろっつったって、普通の人間にゃ透視なんてできないって」
「分からない以上は勘でいくか、無地のカードを選ぶしかないな」
「それなら、いい手があるよ」
「うおぁっ!!」
ロレンのすぐ隣には、見知らぬ少女が立っていた。




