第6話:ムスターハ学園長
「ようこそムスターハ英雄学園へ。入学試験は中庭で行いますので、そのまま正面へお進みください。……あら、昨晩の」
昇降口を真っ直ぐ進むと、金色の長い髪を自然に垂らした女性が微笑みながら話し掛けてきた。目の前にある机には、何やらトランプのようなカードの山が伏せて置かれており、金髪の女性は背筋を伸ばして行儀よく座っている。
「昨晩は大変でしたね。あなたの破れた鼓膜、わたくしが直したんですよー」
「……そりゃ、どうも」
にへらー、と少し間が抜けたような笑い方をしながら、金色の髪を揺らす。
「ザウドさんったら、いくら回復魔法で治せるからっていえども、手加減しなさすぎですよ。もう少し、わたくしたち聖職科のことも考えて欲しいものです」
今度は、ぷくりと頬を膨らませる。まるで、山の天気のようにコロコロと表情が変わる女性だ。
「ところで、カード占いでもやっているんですか?」
話の流れを変えたかったのか、ロレンが話に割り込んできた。
机と一定の規則に並べられたカード。
これらを連想させるものと言ったら、カード占いに違いないと思ったのだろう。
「いえ。わたくしそのものは聖職科の教師でして、占いはできないんです」
「じゃあ、そのカードは何ですか?」
「これから入学試験に使う物なので、そこはお答えできないんですよ。ごめんなさいね」
少し困ったような顔をする。
試験に関係する物品を扱っている都合上、これ以上話を引き出すこともできなさそうなので、中庭まで続く廊下を歩く。
「なぁアレク。あの先生、ちょー美人だったな!さっき、聖職科のことも云々って言っていたよな?!」
鼻の下を伸ばしながら、ロレンが疑問を口にする。
「着ているローブに宗教絡みの紋様があったし、多分そうだろうな」
「くーーーっ!!あんな綺麗なお姉さんに手取り足取り教えてもらえるなんて、サイコーじゃねぇか!!俺、剣術科を専攻しようと思ってたけど、聖職科にしようかな!出るべき所が出ていてオレの好みだぜ!!」
ムスターハ英雄学園には、剣術科・武術科・魔術科・聖職科の四種類の学科があり、それぞれの役職になるために必要な知識・魔法などを学ぶ。
ちなみに、『英雄』=剣を振り回して戦う人物、というイメージが強いが、この世界における『英雄』というのは、魔王とその配下のモンスターに抗うモノたちを指す別称であり、味方を回復することに特化した神官や、敵の攻撃から身を守る魔法を使うサポート特化の魔法使いなどの、パーティを影から支える縁の下の力持ちたちも、押し並べて『英雄』と呼ばれている。
そうこうしているうちに、二人は中庭に到達した。
中庭は、中央に巨大な岩が鎮座していること以外、取り分け特徴のない空間だった。既に試験を受けに来た学生たちでごった返していて、「コ」の字のように三方向が校舎に囲まれているため、逃げ場のない喧噪が幾度となく中庭を反響する。
「それにしても凄い人の数だな……。ここにいる人全員が、俺たちの同級生になるかもしれないってことだよな」
「当ったり前よぉ。何せ、15歳以上であれば誰にでも受ける資格があるからな」
ムスターハ英雄学園入学試験は、15歳以上であれば誰でも受験することができる。
そのため、受験者の年齢も15歳であるアレクと同じくらいの年齢の少年少女もいれば、熟練された冒険者のような見た目をした年配の男性・パークレンジャー(森林地帯で自然の保護活動を行う職業のこと)のような見た目をした女性など、アレクたちよりも年上の者たちも散見できた。
「おい見ろよアレク。あんな重そうな鎧を着ているやつまでいるぜ。オレも入学試験に備えて、鎧とか武器を新調した方が良かったかな?」
「筆記試験とかの可能性だってあるわけだろ?そうなったら無意味じゃないか。それに、あんな重そうな鎧を担いで崖を登るのは大変だぞ?」
「いいや。入学試験といったらバトルだろ?きっと、受験者同士でのバトルロイヤル形式で戦ったり、学園側が用意したモンスターと戦ったりするんだよ」
「じゃあ、あの岩は何に使うんだ?」
不自然に中庭に鎮座する岩山を見上げる。
中庭の景観を良くするためどころか、むしろ台無しにするかのように聳える岩の塊。あまりの違和感とあまりの異物感から、学園内の中庭に初めて入るアレクにさえ、この岩は、試験のために用意されたもの何だろうな、と空気で感じ取ってしまう。
「……あれだよ。きっと、バトルフィールドに設けられた障害物だよ。この岩を遮蔽物にしたりして戦うんだよ。きっとそうだそうに違いない」
「だったら、こんなに受験者がいることだし、もっと運動場くらい広い場所に案内するんじゃないか?」
改めて周りを見渡すロレン。
ムスターハ英雄学園は名門校というだけあり、受験生の量も尋常ではないほどに多い。中庭を埋め尽くすほどに様々な人たちが集結しているため、この人数で狭い中庭で戦うとなると危険なのは、言うに及ばない。
「じゃあ、学園全体をフィールドとしたバトルロイヤルだな!そうに違いない!!」
「ますます、中庭に岩を置く意味がないじゃないか……」
「受験生の皆さん。よくぞここまで来た。あの崖を登るのは大変だったじゃろう?」
ロレンの口調が急に変わったわけではない。
「何処から聴こえるんだ?この声??」
何処かから老練された男性のしゃがれた声がしたのだ。周りを見渡すが、声の主を探すことができない。
「上の方な気がするんだけどな……」
二人も岩石の上や欄干のある校舎の屋上など、人が立てそうな位置に視線を泳がせるが、声の主を発見できそうにない。
「む?儂の姿が探せないって?ここじゃここ!!中庭にある岩の上を見よ!!」
言われて、中庭に集まった受験生たちが岩石を見上げるが、それでも声の主を探せない生徒たちが目を右往左往させる。
「……何処だ何処だ!?ちっとも分かんねぇぞ!?」
「声の主を見つけたぞ!あの岩の上だ!!」
「んんー……?」
ロレンが目を細めて岩の天頂を見上げる。
そこには、
「どうかな?やっと見つけられたかな?」
杖を握り締めた灰色のハムスターが立っていた。
「まさかお主ら、ハムスターは喋らないだろう、とか思っとらんか?そんな固定概念に捕らわれているようなら、英雄になる素質はないな。今すぐにでも帰った方がいいかもしれん」
岩の上に二足立ちした齧歯類の男は不満そうに鼻を鳴らす。
「まずは、儂が自己紹介をしよう」
こほん、と喉の調子を整えると、
「儂の名前はムスターハ。名前から分かると思うが、ムスターハ英雄学園の学園長じゃ!」
こう告げたのだった。




