第35話:勇者ブランドは何処に?
――放課後。学園長室。
「さぁ、あんたの言いなり通りに入学したのだから、勇者ブランド――いや、父さんについて教えてもらおうか」
学園の天候は魔法によってコントロールされているため、夕刻でも空の色は変わらない。
時間による光量の変化が乏しい光が窓から差し込む学園長室で、一人と一匹が相対して談ずる。
「そう慌てるでない。慌てたところでブランドは逃げて行かんわい」
ハムスターは二本の足で執務用デスクの端まで歩くと、ゆっくりと座る。
「と、いうことは、父さんは生きているんだな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれんのぅ」
「教えてくれよ。あんたら『魔王軍殲滅戦線』だって、主戦力のブランドが欠けている状態じゃ、心許ないんじゃないのか?」
ブランドは、『魔王軍殲滅戦線』を率いていたリーダーだ。
そのリーダーが行方不明であり、尚且つ、先日の統王グラウドレのような、強大な力を持つ魔王軍の精鋭が押し寄せて来たら、次は、どうなるか分からない。
「お主の言っていることに間違いはないし、儂はブランドの居場所を知っておる。じゃからこそ、まだまだ未熟者のお主には、ブランドの居場所を教えることはできんのじゃ」
「どういう……ことだよ……?!」
言っている意味が分からない。
狼狽したアレクの瞳孔が開く。
ムスターハは少し逡巡するような様子を見せるが、意を決したのか、アレクの瞳を真っ直ぐに見つめると、
「いいかアレク。一に学園を飛び出していかないこと。二に取り乱さないこと。この二つを守れるのであれば、ブランドについて教えてやろう。どうする?」
「……飛び出していかない、とは、どういうことだ?」
「もし一人で旅に出るのだとしたら、あまりにも危険すぎるからじゃよ。ここは、ミノスやザウドのような、優秀な英雄がたくさんおり、そいつらがモンスターが侵入しないように、常に監視をしておる。お主が単独で行動するよりも、何千倍もお主の身の安全が確保できるからの。……で、どうじゃ?儂の言ったことは守れそうか?」
「…………」
それだけ、危険が及ぶというものなのか。
それとも、アレクがブランドの居場所を知ることに不都合がある者が居て、アレクを始末しに来るということか。
しばしの沈黙の後、勇者の息子は答えを出す。
「……分かった。学園から抜け出すようなことは絶対にしない。だから、父さんの場所を教えてくれ」
「ふふ……。あいつも親バカじゃったが、息子も子バカじゃのう」
追憶を懐かしむように表情を緩め、キヌゲネズミ科の学園長は言葉を紡ぐ。
「これは、儂とアープが極秘に集めた情報じゃ。他に知っているのはレイウーと、儂の妻のルデンゴー教頭だけ。くれぐれも、誰にも話すなよ?よいな?」
『魔王軍殲滅戦線』において、アープは回復魔法を得意としていた神官・レイウーは武術に秀でた格闘家だ。つまり、『魔王軍殲滅戦線』のメンバーと、自身の妻にしか明かしていない、非常に公開範囲の狭い情報だということである。
唾をゆっくりと飲み込むと、頭を静かに縦に傾ける。
ムスターハは、ゆっくりと息を吸うと、
「ブランドは今、魔王軍の手下として戦っておる」
こう告げた。
「……は?」
言っていることが分からない。
アレクの口が中途半端に空いたまま塞がらなくなる。
「どういう……ことですか……?」
「そのままの通りじゃ。あやつの意思によるものなのか、将又、魔王軍の何物かに魔法で操られているのかは分からぬが、勇者ブランドは、魔王ルグルガーラの忠実な僕として、人間たちの根絶を進めておる。……まぁ、『勇者』と呼ばれるような男じゃ。自ら志願して魔王軍の軍門に下るような男ではないと、儂は思っておるがな」
「な……に……?」
獣人の口から発せられた言葉が信じられない。
入って来る情報を受け入れられなくて、頭の中が混濁してくる。
「どうして、そんなことに……?」
「分からぬ。じゃが、ブランドも勇者である以前に、ただの人間じゃ。甘言に流されて心が揺れ動くこともあれば、隙を突かれて魔法を受ければ、それだけで洗脳される」
爪楊枝サイズの木製の杖を手中で弄ぶ。
「じゃから、あやつを元の『勇者』に戻すために、一刻でも早く向かいたいところなのじゃが、儂ももう年。どれだけの年月を生きても魔力も力も精度も衰えない魔族どもを相手にするのには、いくら何でも辛すぎるんじゃよ」
魔王を倒すことができる勇者というのは、その強大な力を弱者を守るために揮っているだけであって、実力は魔王と同等以上である。
勇者に勝てる相手が魔王くらいしかおらず、その魔王と勇者が味方同士であるならば、この地上に勇者に勝てる者など、誰一人と存在しない。
「儂がお主に入学しろと言ったのは、こういうことじゃよ。世界に名を馳せた英雄であり、そして、父親でもある者が、魔王軍の手下であると知ったら、息子はどう思うか。それを想像できないほど、儂の頭は錆び付いていなかったということじゃな」
「どうやって手に入れたんですか……?」
「うん?」
「その情報は、どうやって手に入れたんですか…………?」
一縷の希望に縋るように、アレクは掠れた声で問い質す。
「本当に、正しい情報なんですか……?」
勇者が魔王の手下になることなど、普通はありえない。
例えば、アレクよりも何百倍もの距離を冒険しているのだから、魔法を無効にする鎧や盾を持っていてもおかしくないはずだ。
例えば、アレクよりも何千倍もの怪物を退治しているのだから、膨大な知識と並外れた反射神経を持っているはずだ。
例えば、アレクよりも何万倍もの人間を救済しているのだから、誰よりも人の苦しみや怒りを理解しているはずだ。
そんな、無敵とも言える存在が、あっさりと魔王軍の駒になってしまうなんて、万が一でも想像ができないのだ。
そこで、混乱する頭の中、アレクは仮設を立てる。
それは、学園に在留して欲しいがためにムスターハが考えた嘘、という線だ。
ムスターハが並べ立てたものは全て、アレクには確認不可能な事象ばかりである。
よって、全てがムスターハが作り出した絵空事で、アレクに学園に在留させ、やる気を出させるためのものだと考えることもできる。
「……疑わしいのも無理はない。儂だって、ブランドの実の息子に、このようなことは言いたくなかったわい。さて、どうやって説明しようかの?」
「その必要はない」
ざん。
まずは一撃、足元から掬い上げるように逆袈裟状に。
ざざざんざんっ!!
次に、水が流れるように流麗な太刀筋を数閃。床に崩れ落ちそうになっていた上半分の扉に切れ込みが入ったかと思うと、木屑となって崩れ落ちる。
「俺が直々に説明しよう」
膝くらいの高さの木片だけが残る学園長室の扉を跨ぎながら、大剣を構えた男が入ってくる。
その男の姿を見た途端、ムスターハとアレクから同時に、しかし、全く別の言葉が漏れる。
「ブランド……」「父さん……っ!!」
学園長室の入口を背にして立っていたのは、かつて、魔王ルグルガーラを瀕死まで追いやったパーティ・『魔王軍殲滅戦線』のリーダーを務めた勇者だった。
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「ノベルアップ+」(63)+ 「小説家になろう」(852)=915(2021年8月4日11:00現在)




