第34話:モンスター学入門・ライカンスロープについて
「さて、午後からですが、最近エイミル王国での出没が落ち着いてきた、ライカンスロープについて説明しましょうか」
相変わらず居心地の悪い空間だ。
可もなく不可もない質感の黒い塊(迷路の一部)を机と椅子の代わりにしながら、10フィート(約3m)以上の巨体を持つ教師の話に耳を傾ける。
「ライカンスロープは、地域や国によって、ワーウルフ・狼男・ルガルーなどの様々な呼称がありますが、ロレンくんの地域周辺では、狼男と呼ばれていると言ってましたよね?」
「は、はい」
「ではロレンくん。ライカンスロープとは何か、簡単でいいので説明してください」
視線が集まる中、少し緊張した様子でロレンが受け答える。
「狼に変身することができる人間、あるいは、狼に変身した人間のことです」
「はい。合ってます。自発的かそうでないかに関係なく、狼に変身することができる人間は、全員ライカンスロープですね。ちなみに、頭の形が狼になっている獣人族は、ライカンスロープではないので、間違えて攻撃しないようにしましょうね」
牛の頭の教師が念を押す。
「さて、このライカンスロープですが、彼らが狼に変身する理由には、四つの説があると言われていますが、それが何か分かる人はいるでしょうか?」
すっ、と、無精髭を生やした冒険家風の男が手を挙げて答える。
「一つは、満月を見る。一つは、ライカンスロープに噛まれるとライカンスロープになる。あっちこっちを旅していた時は、そうやって商人たちから又聞きしたぜ?」
銀でできた剣や聖遺物・皿などを嫌って逃げていく。
満月を見ると変身する。
ゾンビのように、噛み付いた人間をライカンスロープに変身させる。
アレクの地元付近では、ライカンスロープが出没したことがないため、真偽は定かではないが、よく耳にする話だ。他の生徒たちの何人かも首肯している。
「なるほどなるほど。だとしたら、我々1年1組の生徒たちは、ライカンスロープに出会ったら全滅するかもしれませんねぇ」
ミノスの一言に、首肯していたモノたち全員の顔が青くなる。
「レジャーくんの意見に何人かは頷いていましたけど、まず、満月を見たら狼に変身する、銀製品を嫌う、噛み付かれたらライカンスロープになってしまう、というこれらの俗説は、『その方が面白い』ということで、文学の世界で生み出された、全く根拠のない嘘の情報です」
「ち、ちょっと待てよ!!」
焦った様子で冒険家風の男が立ち上がる。
「武器屋なんかに行くと、『ライカンスロープが撃退できる!!』みたいな謳い文句で、銀で装飾が施された短剣とかナイフが売ってたりするぜ?だったら、武器屋が嘘をついているってことかよ?!」
「嘘とは言いませんが、それだけ『ライカンスロープに銀が有効』と勘違いしている人が多いということですね」
例えば、「閑話休題」という言葉がある。
辞書を引いてみると、「(話を本筋にもどすときに用いる語)無駄話はさておいて。それはさておき。さて。」という意味なのだが、小説を書く際に、「本筋とは全く関係ない話」という、間違った意味合いでサブタイトルなどに使われることが増え、「本筋とは全く関係ない話」のことだと思っている人の方が多いのではないだろうか。
ライカンスロープも同じことで、『銀は通じない』と思う人の割合よりも、『銀は有効』と思う人の割合が上回った結果、『銀は有効』という考え方が通例となってしまっているのだ。
「話を戻します。ライカンスロープが変身する仕組みには四つの説があります。……っと、その前に、文字が読めないヒトって、いたりします?授業の進行に関わりますので、恥ずかしがらずに挙手してください」
ぼろ布を纏っただけの簡素な見た目をした少女が静かに手を挙げる。
「……分かりました。困ったことがあれば、隣の人でもいいので質問してください。授業後であれば、僕でも全然構いませんよ」
背中を向けると、宙に浮かんだ黒板代わりの黒い壁に、チョークで文字を滑らせる。
ムスターハ英雄学園には、東西南北の様々な大陸、様々な国、様々な地域から、様々なヒトが集まる。
機械都市メニイルのような、世界的に見て最先端の技術を持っているような都市の出身のモノもいれば、文字を書くことができるモノが上流階級にしかおらず、口語によるコミュニケーションを主体とする国もあるのだ。
「一つは、『人間が狼に変身してしまう病気説』です。人間から狼に変身したライカンスロープには意思や自我がなく、本能のままに暴れている者がほとんどであることから、僕たち英雄の中では最も支持者の多い説ですね。ですが、風邪のように他人から他人に伝染する、という証拠や確証がないところや、その病気がどのようにして発生するかが解明できていないところが、この説の弱いところでもありますね」
入学してから数日間、武器や防具・モンスターに関する知識を学ぶ座学が続く。聴く気ゼロでお昼寝タイムに突入しているロンヅゥを一瞥した後、別段飽きてはいないアレクは紙に羽ペンを走らせる。
「二つ目は、『ライカンスロープに変身する魔導具や遺物がある説』です。例えば、装着すれば狼に変身できる腕輪とか、身体に塗ると変身できるようになる薬がある、という考え方ですね。僕、気になってザウドくんに聞いてみたんだけど、「そんな危険な薬とか魔導具、あるわけないじゃん!!」と言っていたので、説としては薄そうです。まぁ、絶対ないとは言い切れないので、どっちつかずな説ですね」
あの詐欺師紛いの教師の意見を鵜吞みにしてもいいのか、と思わず立ち上がりそうになるアレクだったが、どうやら、ザウドは魔導具の開発や遺物・宝物の目利きに至っては、他の教師たちから一目置かれる存在らしい。黙ってミノスの話に耳を傾ける。
「三つ目は、『ライカンスロープ族説』です。簡単に言ってしまえば、人間から狼に変身できる体質を持つ種族がいる、とする考え方です。この説は、そもそもオオカミ型の獣人が否定しているので、説としては最も薄いですね。ま、一応紹介したまでです」
レジャーだけではなく、レジャーの意見に頷いていたモノたちがペンを走らせる音が随所から聴こえる。
「そして、最後の説」
黒板を書く手を休め、生徒たちがいる段に振り向く。
「それは、『社会に馴染めないモノたちを指している説』です。仲間の力を借りようとせずに、独りで生活するモノのことを、「一匹狼」なんて言ったりしますよね?このように、単独で行動するモノを揶揄して、「狼男」と呼んでいる、という説になります。……っと」
ミノスが教卓代わりにしていた台に置かれた『携帯念話』から、授業終了を告げる鐘の音が鳴る。
「では、授業を一旦終わります。次は、古来から使用されていた武器・グラディウスとピルムについて説明しようかな、と思っています」
複数の人間を薪のように真っ二つにできてしまいそうな巨大な戦斧を構えると、気味の悪い背景が内側から剥がれ落ちて消え、切り立った崖と石造りの簡素な建物が出現する。




