表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/41

第31話:老婆

 これでいいんだ。


 これで、いつ死ぬかも分からないような社会から解放される。


 垂直に切り立った崖をしっかりと掴みながら、ロレンは周囲を見回す。


「この不自然な崖を昇り降りするのも、ここからの景色を見るのも今日で最後か」


 旅行が終わって帰る道中、車窓から流れる景色を観ているような、アンニュイな気分になりながら溜め息をつく。

 寂しくない、と言ったら嘘にはなるが、代わりに、防具が云々・武器が云々・仲間が云々という(しがらみ)から解放された、という解放感が顔を覗かせた。不思議にも少しだけ気分が高揚する。


「村に戻ったらどうしようかな……。母さんが作った料理食べたいな……」


 なんて、妄想を膨らませながら崖を降りると、


「うーん……。どうしたものかねぇ……」


 荷物を持ったまま空を見上げる老婆が目に入った。


「どうしたんですか?おばあさん」

「んん?あぁ、」


 自分が話し掛けられていると、やっと認識したようだ。ロレンの方を見ながら言葉を紡ぐ。


「ちょっと、なんちゃら英雄学園っていう場所に用があって、探し回っていたんだけど、まさか、こんな崖の上にあるなんてねぇ。私みたいな老い()れには、ちょっと無理だなぁ、なんて考えていたんだよ」

「その、なんちゃら英雄学園というのは、ムスターハ英雄学園のことでしょうか?」

「そうそう、そこそこ!!ちょっと、その学園に用があってねぇ」

「なるほど。そういうことなら、オレが送り届けてあげたいんだけど……」


 先ほど自分が降りて来た崖を見上げる。


 荷物を背負いながら登頂するのにも相当の体力を使うというのに、155パウンド(約70kg)程度の人間を背負って、もう一度登らなければならないのだ。並大抵のことではない。


 そこに、


「よぉ、ロレンじゃないか」


 ちょうど、崖から降りたアレクが言葉を投げ掛けてきた。


「そんな所で何やってるんだ?」

「このおばあさんを崖の上まで案内するところだぜ!そういうアレクは、どうしてこんな時間まで学園に残ってたんだ?」

「選択学科の説明とか見学の集会があってな。ロレンは参加しなくて良かったのか?」

「オレは剣術科と決めているからな!説明なんて聞く必要はねぇのさ」

「……クルストを見て鼻の下伸ばしながら、「聖職科にしようかな……」とか「楽するために魔術科にしようかな」とか言ってた癖にか?また、かわいい女の子でも見つけたのかよ……?」


 アレクが怪しむように目を細める。


「……で、話は変わるけど、このおばあさんを崖の上まで案内したいから、幽幻斬(ゆうげんぎ)りでおばあさんの体重を斬ってくれないか?」

「??別にいいけど、ロレンが上まで連れて行くのか?何なら、俺が行ってもいいけど」

「いいや。オレにやらせてくれよ。この学園に居た、っていう思い出を作るためにさ」


 そんなもの、この学園に通う以上は日常茶飯事なのではないのか。

 頭の上にハテナを浮かべながらも、アレクは老婆に幽幻斬(ゆうげんぎ)りを使用する。


 剣を抜いて罪のない女性に刃を向けるのには抵抗があったが、無刃剣フセツは文字通り刃のない剣。刃が当たったところで誰かを傷つけるようなことはない。


幽幻斬(ゆうげんぎ)りは少しの間しか効果がないから、なるべく早く登っちまえよ?」

「助かったぜアレク!じゃ、行って来るぜ!!」


 落下しないように紐をしっかりと身体に結びつけ、背中の女性の位置を確認しながら、ゆっくりと崖を登る。



☆★☆★☆



 朝の豪雨は嘘のように止んでいた。本来であれば降り続いた雨が岩肌に染み込んでおり、手足が非常に滑りやすい状態になっているはずだが、魔法により岩の状態は晴天下と変わらず、容易に登ることができる。


「あの子とは随分と仲が良さそうだったねぇ。お友達かい?」


 崖を登るのにも慣れてきたため、背中に体重を預けたおばあさんと与太話をしながら頂上を目指す。


「えぇ、そうです。入学試験を一緒に受けて、寮も同じなんです」

「そうかいそうかい。私には、兄弟のように見えたよ」

「そんな。そこまで仲良くはありませんよ」


 幽幻斬(ゆうげんぎ)りの効果によって、まるで一枚の布を背中に載せているかのように軽い。休憩することもなく順調に進む。


「お前さんも、この上にある学園の生徒なんだろう?ああいう兄弟のような友達がいたら、さぞ楽しんじゃないかい?」

「それが、その……」


 この老婆と会うことも二度とないのだ。自分が学園を退学したこと等を、洗い(ざら)い吐露する。


「そうかい……。じゃあ、私は、学生でもない人間に頼んでしまったんだね。何だか申し訳ないなぁ……」

「心配要りませんよ。オレ、結局誰の役にも立てなかったから、せめておばあさんの役に立ちたくて、オレ自らの意思で選んだんですから」


 それでも後ろめたさがあるのか、しばらくの間沈黙が流れる。


「なぁお前さん。お前さんは、そのアレクって男の子とリチレンって子を見捨てて逃げた、って言っていただろう?」

「うん」

「もし逃げなかったら、お前さんは死んでいたのかもしれないんだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()


「えっ?」という疑問符が、意図せずロレンの口から突いて出る。


「私なんかは生い先短くて、「もういいかな」なんて思う時があるけど、お前さんには、あと2、30年寿命があるんだろう?だったら、「死にたくない」とか、「まだやりたいことがたくさんあるんだ!」って思うのは、ごく当たり前のことなんじゃないかね?」


 モンスターの出没や戦争などによって、若くして死ぬことも珍しくないこの世界では、40歳まで生きれば長寿の域である。

 ロレンは今年誕生日を迎えると17歳になるので、天寿を全うするのであれば、寿命は、あと30年くらいという意味だ。


「でも、オレは仲間を見捨てて逃げたんですよ?そんな根性なし、英雄になる資格なんてありませんよ」

「命あっての物種(ものだね)という言葉があるだろう?死んでしまったら人生そこで終わりだけど、生きてさえいれば、人間間違えることだって、立ち直る機会だってある。お前さんは間違ったかもしれないけど、その間違いを正す時間だって、これからの人生でたくさんあるんだよ」

「おばあさん……」


 重さに耐えられないわけではないのに、岩肌を掴む指が不思議と震える。


「だから、別に学園を辞める必要はなかったんじゃないか、って私は思うんだよ。それよりも、自分が犯した間違いを、どうやって清算するかを考えながら、アレクくんや他の仲間と一緒に過ごした方が、仲間のためにも、そして、お前さんのためにもなるんじゃないかい?」


「ま、もう辞めてしまったのだから、何を言ったって後の祭りなんだけどねぇ」と、老婆は小声で呟く。


 日が少しずつ傾き始め、空がオレンジ色に染まり始めた頃に、崖の上に到達した。


「おや?ロレンくんじゃないか?それと、一緒にいる淑女のお方は……?」


 まるで、迷宮を守護するかのように石造りの建物の前に立つ担任教師・ミノスが不思議そうな瞳で視線を送る。


「理由は分からないですけど、学園に用があるそうなので、ここまで案内しました」

「ご苦労だったねぇ。若いのに偉いよ」


 両肩に添えられていた腕をそろそろと降ろし、切り立った崖の上に着地する。


「私が困っていたところを、この少年に助けてもらったんだよ。いやぁ、本当に助かったよ」

「……失礼ですがロレンくん。僕から一つ質問してもいいでしょうか?」


 いつでも臨戦態勢を取れるように握っている戦斧を構えながら、こう告げた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ