第2話:マジシャン
「ふぅん。なるほど」
石造りの建物の上から女性の声が聞こえた。
――いや、その女性以外にも、建物の入口に一人、さらにその隣にもう一人。ミノスも合わせると全部で四人の気配を感じる。
「脱出不可能な迷宮を突破するなんて、凄いね君!!……で、どう?クルスト。少年から邪悪な気配は感じ取れる?」
「いいえ。わたくしの聖域も破られていませんし、どうやら、魔王軍の類ではないみたいです」
石造りの建物の入口に立っている、修道服を着た女性が受け答える。修道服の裾から覗く腕の肉付きがあまり良くないところからすると、身体を張って前衛に出て戦うよりも、後方支援を得意としているのかもしれない。
「――ということは、こそ泥か、暗殺者の類と言ったところか。――なら、私たち全員が出るまでもなかったな」
ミノスとは反対の位置に立つ、全身をプレートアーマーに匹敵するほどの重装備で覆っているため、性別も種族も分からない人物が、籠った声で不平を漏らすが、
「まぁまぁ、ちょいと痛い目を見させて、二度と来られないようにしてあげようよ。さて、そこの少年くん」
最初に話し掛けてきた女性が身軽に屋根から飛び降りると、靴音を鳴らしながら相対する。
「次は、あたしと遊んでくれないかな?折角ここまで来たんだからさ、あたしを楽しませてよ少年☆」
特徴的なのは、左手に人間の頭くらいの大きさの水晶玉を持っていることだろうか。
水晶玉が月明かりを反射して冷酷な光を放つ。
「いいぜ。どうやって遊ぼうか?」
「そうだね……」
空いている手でごそごそとローブの中を弄ると、
「ボール遊びなんてどうかな!」
ビー玉のような見た目をした、赤い半透明の小水晶を投げつける。
この小水晶が何を意味するもかは分からないが、対処するに越したことはない。
射程を遮断するように剣の横腹を当て、怪しい球体を撃ち落とす。
コツン。
小気味良い音を鳴らして、小水晶が撥ね返されると、
「っ!!」
ゴウッ!!という空気を取り込む音を立てながら激しく燃えた。まるで、地面に着地した衝撃で発生する火花を火種にして爆発する、火炎瓶のようだ。
「面白い手品を使うんだな」
「当然さ。あたしはマジシャンなんだからね」
ストックは、まだまだあるらしい。
手の上で半透明の球体を弄びながら、男性魔法使いと女性魔法使いの総称を名乗った女性は口を開く。
「この球体には、条件を満たすと発火する仕組みが施されているんじゃなくて、炎そのものが固形物になっているんだよ。どう?なかなか面白いでしょ?」
女性が片方の手でそっと空気を撫でると、タロットカードほどのサイズの透明の板が出現した。
「君は形のないものを斬ることができる能力を持っているみたいだけど、あたしの幻想の作り手は、形のないものを固形にする能力なんだよね。――さて問題。この炎を固めた小水晶と空気を固めた板。合わせたら、炎の威力はどうなるでしょうか!」
結果など、火を見るよりも明らかだ。
こちらに投擲された危険な固形物を素早く躱し、魔法使いの女性に近づこうとするが、
「おっと。近づけさせないよ!」
畑に種を蒔くように赤い小水晶を転がし、動線を阻むように炎のカーテンを展開する。
「……もう忘れたのか?俺の幽幻斬りを使えば、そんな炎は障壁にはならないんだよ!」
アレクの幽幻斬りは、形のないものや見えないものを斬ることができる能力だ。
ミノスが造り出した異空間・蜃気楼・水流・風・幽霊――そして、炎。
この手で触れることができないものであれば、何なく斬り伏せることが可能だ。
「幽幻斬り!!」
自分の顔を煌々と照らす焔を横薙ぎに一閃。
真っ二つに切断された炎の壁は、風に巻き上げられた紙片のように空中で踊り、霧散する。
これで、進行を阻む物はなくなった。
そのままの勢いで一直線に駆けようとするが、
「別に?覚えていたから、この手に出たんだよっ、と!」
相手の方が上手だった。
炎が斬られることを見越した女性が、既に透明な小水晶を投げつけており、悪手だと分かっていながらも、咄嗟に剣を立てて弾く。
コツン、という軽い音を響かせて、ビー玉サイズの小水晶に衝撃が与えられたその時、
「がっ……!!」
耳を劈くような破裂音が一帯に響き渡り、その爆音に怯んだアレクが片膝をつく。
「驚いたでしょう?あたしが作った破裂音の珠。こんな感じで、いろいろな音だって固形物にできちゃうんだよね」
カツ……、カツ……。
靴音を鳴らしながら距離を詰めてくるが、目の前で炸裂した強烈な音で鼓膜を潰され、左右の間隔さえも陸に分からないアレクには、対策する手立てがない。
「どんな事情かは分からないけど、君のような部外者を学園に入れるわけにはいかないんだ。だからさ、」
最高の悪戯を思いついた童のような顔をしながら口を動かす。
「ひとまず、引き下がってくれないかな」
その言葉を最後に、アレクの意識はプツりと途切れた。




