第28話:初登校日
どんなに大きな事件が起ころうが、時間というものは万人に平等に過ぎる。
グラウドレの襲来から二日後の朝――。
(あれから大丈夫だろうか……?)
今日から一週間は登校日で、いよいよムスターハ英雄学園での学園生活が始まる。
整えた荷物を背負って部屋を出て、何気なくロレンがいる202号室の方を見てみると、部屋の扉とは反対側、つまり、部屋がなく背の高い欄干が続く側に、何やら得体のしれない置物のようなものがある。
(何だこれ……?)
『登校』といっても、あの断崖絶壁をいちいち登らなければならないため、寮を出なければいけない時間は日の出前だ。周囲はまだ暗くて眼前の物体の正体が判然としない。持っている蝋燭で訝しがって照らしてみると、
「おうアレクか」
「おわいっ!!」
急に声を掛けられたために変な声が出てしまった。蝋燭で声の主を照らす。
「今日が初登校だな。気張っていくのだぞ?」
十代前半くらいの背丈をした126歳の少女・リテだった。
「何で蝋燭も点けずに、こんな所にいるんです?」
「妾たちドワーフは、古来から洞窟仕事をしてきた種族だからな。夜目が利くから光はいらんのだ。まぁ、そんなことはどうでもよくて、本題はあれだ」
欄干に背中を預けたまま、ロレンがいる部屋を指す。
「経緯は全部リチレンから聞いた。あやつ、相当凹んでいるようだったからな。間違いを起こさんように、スィムに頼まれて後退で監視をしておるのだ。……この、洞窟作業で発達した、小さな音でも拾える耳でな」
「でも、ロレンに限ってそんなこと――」
「こればかりは分からんぞ。国や種族によっては、敵から逃げた者を反逆者として粛清するような輩もおるからな。思い詰めて間違いを起こす可能性だって、十分にあり得る」
そんな恐ろしい風習があるのか。
アレクは生唾を飲み込む。
「で、ロレンの様子は?」
「今のところ、中で動くような音が聴こえてくるから、大丈夫なようだな。妾たちの取り越し苦労かもしれん」
「ま、何事もないのなら、それが一番なのだがな」とリテが苦笑する。
「とにかく、お主らにとっては、今日が初めての学園生活なのだろう?ま、先日のことは一旦忘れて、肩の力を抜くがよい!!」
喝を入れるためにごつごつとした手で背中を叩かれるが、アレクには忘れられそうもない。
アレクは外の景色を一瞥する。
昨日の夕方から雨が降り続いており、勢いは止みそうにない。
☆★☆★☆
「えー。皆さん、足元が悪い中集まっていただき、ありがとうございます。皆さんの晴れやかな日とは裏腹に、本日は雨となりましたね」
滝のような豪雨が降る中、生徒たちが崖の上に集まり、身長10フィート|(約3m)以上の教師から出てくる言葉に耳を傾ける。
本来、雨天下でのクライミングは手足を踏み外したり、雨による浸食で脆くなった巨岩や礫が頭上から雨に混じって降り注ぐため、絶対にやってはいけないのだが、『入学の手引』曰く、教師陣が魔法で崖崩れが発生しないようにしていたり、雨天時に岩肌が滑らないように魔法が掛かっているため、視界が悪いこと以外は、これと言って悪条件にならず、雨天による休校はないらしい。
ここまでのことを教師一丸となって保守管理するくらいであれば、さっさと地上まで続く昇降板でも作って欲しいものである。
「僕ミノスは身長の都合上、学園の校舎の中に入ることができません。なので、1組の皆さんには、この学園の外で授業を受けてもらいます」
ざーざーと石造りの建物に雨が当たる音に掻き消され、ミノスの声は聞こえにくい。
合格者オリエンテーションの時に配られた書類には、割り振られた自分のクラス|(職業とかランクという意味ではない)についても書かれていた。ロレンと同じく一年一組のようで、担任は牛の頭の巨漢・ミノスなのだという。
「この雨、どうにかならないんですか?こんな状態では、何かを書き記すのにも、座るのにも支障が出ます!」
ふりふりのスカートを穿いた同じ寮の少女・エイミーが手を挙げながら不満を漏らす。
「別にいいじゃないかー。濡れるのも気持ちいいぞー」
「あんたには言ってないわよ!?ちょっと黙ってなさい!!」
少し背伸びをして頭からロンヅゥを抑え込もうとするが、生身の人間の力では龍人の少女を抑え込むことは能わない。何食わぬ顔で上から下までびちょびちょになった服で、控えめな胸を張る。
「学園の敷地内でしたら、魔法で晴れるように天候が操作されているんですが、ここは学園の外、自然現象に身を流されるしかないですね。……なんて、言いたいところですが、」
背中に背負っていた巨大な斧を抜く。
「僕の能力を使えば、天候を無視して勉強することができますよ」
ピシリ。
空間に亀裂が入り、ぼろぼろと剥がれ落ちる。
数日前に閉じ込められたアレクとしては大変苦い思い出なのだが、崩れた後に現れた世界は、極彩色の模様が不可思議に蠢く空間ではなく、青空のような爽やかな色が広がる空間だった。
黒い塊が椅子のように並べられ、同じく講演台のように設えられた黒い塊を、上から見られるような構図になっている。コロッセオの形を例えに出すと、イメージしやすいだろうか。
「脱出不可能な迷宮は、脱出することができない迷路がある空間を作る能力なので、僕が作った空間の中は、僕が自由に操れちゃったりします」
いきなり意味の分からない空間に連れてこられて、一部の生徒たちがプチパニックを起こす中、地面|(そもそも、床と天井があるのかが分からないが)から黒い塊を浮き出させながら、静かに説明する。
「ただ欠点として、時間を知る術がないことと、元の世界と物理法則が若干違う点があるので、蝋燭を使って時間を測定することができないことですね。なので、こちらの道具を使います」
ミノスが腰を屈めて小さい物体|(アレクたちにとっても掌サイズくらいなので、ミノスに見えているかどうかも若干怪しい)を置くと、迷路の破片を隆起させて同じクラスの面子に見えやすいようにする。
透明で角張った形をしており、ザウドが幻想の作り手を使って即席で作る、カードサイズの空気の塊に酷似している。
「これは、ザウド先生が開発したもので、僕たち教師たちの間で連絡を取ることができる水晶です。持ち運ぶことができて、耳に宛てれば口を開かずとも思ったことを相手に伝えたり、受け取ったりすることができることから、『携帯念話』なんて呼ばれています」
十分に生徒たちに見せることができた、と判断したタイミングで、指先で器用に抓んで仕舞う。
「実は、この『携帯念話』、時間を測ることも可能でして、授業終了の時間に合わせて振動するようになっているんですよ。なので、僕が作った空間で授業を行う間は、『携帯念話』を使って時間を測ります。最初は慣れないかもしれませんが、どうか覚えておいてくださいね。……さて、」
コロッセオのように外周に近い座席ほど位置が高くなっているはずなのに、目線がミノスと同じ高さになっているため、思わず混乱しそうになる。
「今日は登校初日ですからね。一人ずつ自己紹介をしましょうか」
こうして、クラスのメンバーとの親睦を深める時間が始まった。
700pv突破しました!!
「ノベルアップ+」(48)+「小説家になろう」(653)=701(2021年7月28日12:00現在)
そういえば、今日は土用の丑の日ですね。
土用の丑の日って、夏に鰻が売れるように平賀源内が考案した(と、言われている)、結構新しい風習で、ぶっちゃけ、この日に鰻を食べるとスタミナが付く云々には根拠がないんですが、鰻って意識しないと普段から食べるものではないので、この機会に食べたいですよねぇ。




