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第27話:取り戻した日常

 その日の夜、石造りの建物に囲まれた大広場には、遠くからでもはっきりと見えるほどの火柱が上がった。


「やっぱり、人の涙っていうものは、見たくないものだねぇ」


 その広場の脇、建物の隙間にできた細い小路に背中を預けたまま、人間の頭サイズの水晶玉を持った少女が口を開く。


「すみませんザウド先生。ボクたちが不甲斐ないばかりに」

「謝る必要はないよ。相手がかなりの強豪だったうえに、少年たちが時間を稼いでくれなかったら、もっとたくさんの人間が死んでいた。本当に、よくやったと思うよ」


 火属性の魔法が放れて焼け野原になったわけではない。

 グラウドレに殺された者たちの死体を火葬しているのだ。

 様々なヒト|(中には亜人種も含まれている)の遺体を火種とした炎は、勢いを絶やすことなく燃え続け、皮肉なほどに綺麗な光で辺り一帯を煌々(こうこう)と照らす。

 

 本来は土葬をするのが一般的だが、エイミル王国はモンスターが出没しやすい土地柄であるため、グールやアンデッドなどのモンスターへの対抗策として火葬を行うのだ。


「……ところで、アレクは?」

「街を救った英雄だ、なんて言ってパレードやらパーティやらで振り回されて、疲れて帰っちゃったみたい」

「そうか。なら、遠慮なく話せるね。同じ寮に住む先輩として、恰好悪いところを聴かれたくないからさ」


 金属でできた手指を握り締める。


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 鉄でできた拳を強く握り締める。


 リチレンは能力(アビリティ)を使わなかったのではなく、使()()()()()()()()()


 今までは能力(アビリティ)がなくても勝てるような相手ばかりが目の前に現れ、指から出る銃撃やブレードで対処することができていたが、ついに、その誤魔化しにも限界が訪れた、と、今回の戦いを通して心奥で理解した。


「そのためには、どうしたらいいですか?」

「うーん……。どうにかしたいで手に入れられるもんじゃないからなぁ」

「ザウド先生は、どのようにして幻想の作り手(イマジナルタッチ)を習得したんですか?」

「別に、面白い話じゃあないよ?」


 顔の横側を赤く照らされた少女が苦笑する。


「ある時、モンスターを討伐する時に山に登ってさ。その時に、濃霧に見舞われたんだよ」


 隣にいる少年が目を爛々(らんらん)と輝かせながら、耳を傾ける。


「山の中の霧って、とっても危険でさ。霧って水滴の塊だから、炎は(おこ)しにくいし、光は乱反射するし、勿論視界は悪いし。霧が原因で、急斜面から滑落することだってあるんだよ」


 チラリと火柱を見る。


 ぱちぱちと軽快な音を立てるが、その炎を見守っている人たちの面持ちは暗い。中には、泣き疲れて建物の壁に(もた)れ掛かる者や、天を仰いで慟哭(どうこく)する者もいた。


「それで、案の定足を滑らせて崖から落ちてさ。死にかけた時に、明滅する意識の中で、こう思ったのよ。「あぁ、こんな濃霧、なくなっちゃえばいいのに」って。そんで、気づいたら手の中に濃霧のような色をした珠を持っていて、それが周りにたくさん転がっていたってわけ」

「その時って、どうやって帰って来れたんですか?」

「仲間が光属性の魔法を使って探し出してくれたよ。いやー、発見されなかったら、どうなっちゃうのかと思ったよー。魔法万歳だね!」


 光属性の魔法は、主として善悪の判断・神罰・浄化・指定した対象の捜索などに使われる魔法だ。

 対象の位置を地図上に光点で映し出す魔法があり、それを使ってザウドの位置を特定したのだという。


「発見してくれた仲間曰く、ある時を境に霧が急に引いていって視界が良好になったから、あたしのことを簡単に見つけることができたんだってさ。恐ろしい力だよ。手で触れただけで、自然現象ですら捻じ曲げちゃうんだからさ。これが、触れただけで他人を傷つけちゃうような能力(アビリティ)だったら、あたしは恐怖に呑み込まれて、仲間たちの顔すらまともに見ることもできなくなっていたかもしれない」


 何処か諦観の念を浮かべた顔で空いた方の手を見る。


「ね、参考にならないでしょ?あたしだけじゃなくて、他の人も、きっとこんな感じ何だろうと思うよ?生徒に時々聞いてみると、いつの間にか持ってたっていう子もいれば、能力(アビリティ)が原因で(しいた)げられてきた子もいるみたいだし、そう考えると、あたしはまだ幸せな方なのかもしれない」


 視点を満天の星が輝く空に映す。


「リチレン少年も、いつか能力(アビリティ)が手に入るといいね。あ、でも、能力欲しさに死にかけることはないんだぞう☆」


 白い煙が空へと伸び、まるで、天界と繋がった梯子のようだった。



☆★☆★☆



「くそうっ!この我が人間の小娘如きに引けを取るとは!!」


 グラウドレが力任せに壁を殴ると、ミシリ、という音と共に土埃が舞う。


「あの小僧と小娘、厄介な力を持っておるな。次に会った時は別の手段を使って、絶対に殺してやる!!」


 腹いせに何かを破壊したい衝動に駆られるが、破壊できるものがない。怒りを抑え込みながら狼狽していると、


「統王ともあろう人が、無様に負けたものだねぇ。今回戦った英雄たち、そんなに強かったのかい?」


 部屋の前に女性が現れた。

 

「不死王タオニラか。丁度いいところに来た」


 特筆すべきは、その異様な見た目だろう。


 上半身は肌を曝け出した女性の姿なのだが、下半身は蛇になっていた。ずりずりと太くて長い胴体を引き摺りながら、断りもなく部屋の中に侵入する。


「貴様、今から我の鬱憤晴(うっぷんば)らしの道具になれ!!」

「またまた、いきなりだ――」


 拒否権も、待つ時間もなかった。


 素早く抜かれたレイピアがタオニラの脇腹に刺さる。


「ルグルガーラ様から直々に寵愛を受けるこの我が、たかが人間二人如きに惨敗するなど一生の不覚!!この(いきどお)り、晴らさないでどうするか!!」


 ぐちゃっ。

 ずちゅ。

 ずぶっ。


 何度も抜き差しされたレイピアには血と肉片がこびりつき、床や壁、仕舞いには天井に、ぶよぶよとした塊と赤い液体が飛び散る。


「いい加減、ワタシに八つ当たりするの止めてよね……。ワタシだって、痛くないわけじゃないんだから」


 鋭い剣を何度も抜き差しされているにも関わらず、タオニラは泰然としていた。空いた穴から血を流し、引き出された内臓を見ながら話し掛ける。


「だから、魔核はきちんと外しているではないか。……まぁよい。今のでかなり心が晴れた。身体が軽くなったようだ!!」

「それは良かった。あ、ワタシの鱗食べるかい?」


 指で蛇の鱗の一枚を抓むと、強引に引き千切るが、


「いくら傷の治りが早くなると言っても、味が好かん。自然治癒を待つから心配はいらぬ」

「良薬は口に苦し、なんていう人間の言葉があるけど?」

「いらんものはいらん。貴様こそ、我の部屋に来たということは、何か用があったのではないのか?」

「いやいやー。統王様がやられるとなると、並大抵の相手じゃないと思ってね。心配になって傷の様子を見に来たんだ」


 もごもごと口を動かすと、剥がした鱗を飲み込む。

 直後、血塗れになっていたタオニラの身体の傷口が塞がり、流れ出ていた血が止まる。


「さすが、不死王と言われる女だな。貴様の傷の再生力は、配下に置いている我ですら怖くなってくるわ」

「勿体ないほどのお言葉、ありがとうございまーす」


 長い髪で隠された乳房を揺らしながら、大仰に頭を下げる。


「ところで貴様、我ら五王の中で最も早く目醒めたうえに、12年前にムスターハどもにやられたにも関わらず復活したようだな。貴様の肉体は、何故にそんなに簡単に再生できるのだ?」


 もしかしたら、今回の失敗を克服するためのヒントがあるのかもしれない。

 何度死んでも復活する不死身の女から情報を引き出そうと試みるが、


「簡単よ。統王様は、ウロボロスっていうモンスターを知っているかい?」

「魔王軍の長たる我にとっては愚問だな。自らの尻尾を咥えた姿をした、無限の寿命・無限の再生力・無限の魔力・無限の力を持つという竜であろう?是非、魔王軍に迎え入れたいものだがな」

「そのウロボロスと同じで、ワタシは尻尾を咥えれば再生することができるんだよ。だから、口と尻尾を再生できるほどの生命力があれば、何度倒されたって再生できるってわけ」


 ……全く参考になりそうもなかった。


「だが、いくら貴様とて、魔核を破壊されてしまっては復活することができぬのだろう?ムスターハども相手に、よくぞ魔核を死守することができたものだな」

「これも、ちょっとした仕掛けがあってねぇ」


 呑気に欠伸をすると、人間の口の中から人間のものとは形状の違う、鋭い歯が覗く。


「ワタシの能力・静止の邪眼(スノウホワイト)を自分に使って、わざと仮死状態になるのさ。そうすれば、相手は死んだと思って見逃してくれるのよ」

「そんなことができるものなのか?我の蝙蝠の吐息(アンダーマイン)は、我自身には効かぬというのに」

「患部にグサっといけば、案外自分の毒でもいけちゃうものなのよ?ほら、カメムシって、自分の匂いで失神するっていうしね」


 目尻に涙を浮かべながら、(きびす)(足がないため(かかと)はないが)を返す。


「ふあぁ……。じゃ、ワタシは眠いから、一眠りしてくるね。統王様の傷、早く治るといいね~」


 ずるずると尻尾を引き摺ると、部屋の外へと消える。


「……我も、巨大な尻尾を生やしてみるか?……って、それでは空気塞栓(そくせん)を抜く解決方法にならんではないか!!」


 怒りに任せてもう一度壁を殴りたい衝動を必死に抑え、ゆっくりと深呼吸して心身の火照(ほて)りを覚ます。

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