第24話:一人ぼっちの逃避行
「ダメだ。あんなやつ、オレには敵いっこねぇ!!」
ここは何処だろうか。
来た道を正確に戻っているのだろうか。
何処までも同じ建物群が続く街を駆け抜ける。
「だって、アレクと違って、オレには二択を制する者しかねぇんだ!!オレなんかが敵う相手じゃないって!!」
誰かに喧伝しているのか、それとも、自分に言い聞かせているのか。
それすらも分からなくなった頭で人混みを掻き分けて、統王グラウドレが出現した広場から遠ざかる。
何処まで逃げただろうか。
何処まで逃げれば、あいつは追って来ないだろうか。
戦っていたアレクとリチレンは無事だろうか。
様々な感情で綯い交ぜになった頭を振りながら、土地勘のない街を当てもなく走る。
と、
「おわあっ!!」
上手く避けていたはずなのに、誰かにぶつかってしまったようだ。街で起きている異変に気づいていない人たちが、普段と何も変わらない様子で行き交う大通りの真ん中で尻餅をつく。
「いてて……、ごめんなさい。オレ、とても急いでいて」
慌てて腰を起こし、ぶつかった相手を確認する。
「こっちこそゴメンよ。ちょっと、考え事をしていてねぇ。……って、あれ?ロレン少年じゃん。こんなところで、何やってるのさ?」
相手の正体は、どう見てもロレンと同じくらいの年齢にしか見えない、左手に人間の頭ほどのサイズの水晶玉を持った魔術科の担当教師・ザウドだった。
「あぁ、そうだ。少年、ミノスちゃんから、ここら辺で紫色の煙が上がっているって聞いたんだけど、何か知らない?もし本当なら魔王軍のヤバいやつが出現しているみたいだから、急がなくちゃいけないんだけど」
ザウドが作成した発煙筒は、色によって警戒レベルが分かる。
下から順番に黄・赤・紫となっており、紫色の発煙筒は、魔王軍のトップに立つ五体の王が出没した時に使うように、生徒たちに言い聞かせている。
「そ、それなら――」
場所を教えようとしてロレンは気づく。
訳も分からないまま走ってきたがために、アレクとリチレンが交戦している場所が分からない、と。
「……ところで少年、顔から出るもの全部出てぐちゃぐちゃなんだけど、一体何があったんだい?」
「統王グラウドレとかいうやつが現れて、アレクとリチレンさんが戦ってるんです……」
「統王グラウドレ!?魔王ルグルガーラの右腕とも言われる存在で、魔王軍の他の四王を束ねる王じゃんか!?そんな危険なやつが、どうしてこんな街中で暴れてるのさ!?」
普段は剽軽な態度のザウドが珍しく狼狽する。
「ムスターハ学園長を抹殺しに来たそうです。何とも、学園長に恨みがあるみたいで」
「まぁ、そうか。あいつらが暴れる理由なんて、学園長への意趣返しか、敵対勢力の殲滅くらいしかないもんね。……で、」
柳眉を逆立てて、蔑むようにロレンを見据える。
「随分とグラウドレの事情に詳しいようだけど、まさか少年、二人を見捨てて怖気づいて逃げて来た、とかじゃないよね?」
「それは……」
完全に図星だった。
そのかわいらしい顔からは想像もつかないほどの鋭い目つきに、蛇に睨まれた蛙のように委縮する。
「なるほどなるほど助けを求めるためにあたしの所に来たわけであって仲間を見殺しにしたわけではないのかそうかそうかそういうことにしておこうそうじゃないと怒りに任せてあんたを殴っちゃいそうだ!!」
ロレンの胸倉を掴もうとするが既の所で止め、空中に人間の頭ほどのサイズの水晶玉を浮かばせる。
「今から魔法で、少年の頭の中の記憶を映し出すから、その水晶玉に手を触れて!」
焚火に当たるように両手を添えながら言うザウドの指示に従い、水晶玉に触れる。
途端、走る自分の姿が水晶玉に映るが、正面を向いたまま後ろに走っている。
不思議そうに眺めるロレンの意思を汲み取ったのか、
「ロレン少年が走る姿だよ。少年の頭の中にある、体験してきたことや見たものを水晶に映し出して、事のあらましを確認しているところさ。あたしや他の魔法使いなんかは、『巻き戻し』って呼んでいるけどね。ほら、伸ばした包帯やリボンをくるくる巻いているみたいでしょ?」
ザウドが補足説明をする中、顔からあらゆる汁を出した少年が走る映像が、しばらくの間流れる。
(オレ、こんな顔をしながら走っていたのか……。情けないな…………)
客観的に自分を見て、初めてロレンは自分が犯した愚かしい行動に気づく。
助けを求めることもなく、まともに戦うこともせず。
ただ、「死にたくないから」、「恐いから」という理由で逃亡した自分が、恥ずかしくなった。
「見えてきたね。……なるほど。巨大朝市の開催されている広場から、二つほど行った先にある広場か。演説や聖職者による説教なんかが行われたりする、結構大きめの広場だね」
そんなロレンのことは露知らず、映像を観ることに夢中になっていた魔法使いが呟く。
「分かった。ありがとね少年。後は、魔法少女ザウドちゃんに任せなさーい☆」
場所が分かった以上、呑気に話している場合ではない。
水晶を左手に持つと、ローブを戦がせながら歩みを進める。
「待ってください。オレも行きます。やっぱり、仲間を見殺しになんてできません!全然力になれないかもしれないけど、オレも連れていってください!!」
ここで逃したら。
ここで手を伸ばさなければ、英雄失格の腰抜け野郎だ。
華奢な肩に手を置くが、
「ゴメンね。本当は言いたくないんだけど、少年のためにも言わせてもらう」
魔法を専門とする教師は、小さな胸板を上下させてゆっくりと呼吸をすると、
「少年が一緒に来たところで足手纏いになるだけだから、そのまま安全な場所まで逃げるか、市民の誘導でもしてくれないかな?」
戦力にならない弱者への厳しい一言を、少年に振り向きながら放つ。
「…………え?」
「そのレザーアーマーは何のためにあるのさ?そのラウンドシールドは何のためにあるのさ?その腰のショートソードは何のためにあるのさ?万端の装備を供えているのに、自分の背後にいる味方や市民を守ることができなくて、しかも、敵に背中を見せて逃げるようなやつ、もう一度戦場に立ったところで、素敵な鳴き声を挙げる的の玩具か、屍になるのが関の山。目の前で英雄ごっこされたところで、目障りなだけだよ」
アレクたちが交戦している方向を見据える。
「じゃ、あたしは急いでいるから。……ちなみに、ミノスちゃんやクルストちゃんは訳あって来ないから、学園まで行っても取り越し苦労だからね。大人しく寮に帰って、今回の件について、自分でよーく考えておくこと。ザウドちゃんからの宿題だからね」
手をひらひらと振りながら、魔法使いの教師が鳴らす靴音が遠ざかっていく……。
手を伸ばしたら届く位置から、もう間に合わない場所へと。
「あ…………」
ザウドがいた場所に伸ばしたままだった手を寄せ、震える自分の掌を見つめるロレン。
その手では、二択であればどんなことでも決定できるが、それ以外は何もできない。魔法が撃てるわけでも、銃やブレードになるわけでもないのだ。
再び正面を見据えた時、小柄な魔法使いの教師の姿は、既に人混みの中へと消えていた。
☆★☆★☆
「ロレン少年泣いちゃうかな~。ま、でも、これくらい言わないと本気でついて来そうだし、多少厳しめのことを言わないと仕方がないよね」
脚を止めないまま、少しだけ悔恨の念が滲み出た表情で、自分に言い聞かせるように独り言ちる。
「あの少年、一緒に来たらあたしたちの戦いに巻き込まれて間違いなく死ぬだろうから、何としても突き放しておきたかったんだよね。ま、獅子は我が子を崖から落とすっていうし、これも愛だと気づいてくれればいいんだけど!!」
ぐじぐじ悩んでいる場合ではない。
事情を何も知らずに賑わう大通りを驀進する。




