第19話:空の異変
「大きい店だな」
「当ったり前よぉ。何せ、武器・防具・装備だけじゃなく、蝋燭とかの冒険に役立つ消耗品も売っているんだからな」
石造りの建物を見上げるアレクとロレン。
店の入り口には、じゃがいもやトマトなどの野菜類や、オリーブや葡萄などの木の実類が木箱に入れられ、焼き上がったばかりなのか、良い匂いを漂わせているパンが机の上に整然と並べられている。
建物は三階建てになっており、一階に食料、二階に武器・防具類、三階に生活雑貨が売られているのだという。
「あの……。折角大型マーケットに来たことだし、青空市で買った方が安上がりなのではないでしょうか?」
店の中に入ろうとするリチレンの背中に、ロレンが話し掛ける。
「マーケットの青空市の中には、中古の鎧や武器を売ってる店って結構あるけど、鎧は自分の身体に合わないと意味ねぇし、経年劣化で弱っててすぐ壊れちまう、なんてことも結構あるからね。少しお金を掛けてでも、ちゃんとした店で買った方がいいぜ」
「命あっての物種っていうじゃないか。勿体ぶらずに金を使うんだな」
「うっ……。仕方がないか…………」
深い溜め息をついて、武器・防具等を販売している店に足を踏み入れる。
☆★☆★☆
「この店、本当に安いですね!!」
「言っただろ?複合商店だと、こんなに安く買えちまうんだぜ?」
新調されたレザーアーマーを着て、手にラウンドシールドを嵌めたロレンが、商店の出入り口に姿を現す。安上がりで済んだのが相当嬉しいのか、今にもスキップをしながら何処かに行ってしまいそうなほどに浮足立っていた。
ラウンドシールドとは、木製でできた円形の盾のことだ。外周は鉄板が嵌めこまれて補強され、裏側には片手を嵌めるためのグリップがある。素材のほとんどを木が占めているだけあって重量も軽く、持ち運びやすいために好んで使用される。
「しかも、作りも丁寧だな……。こんなに質のいい防具が買えるんだったら、最初からこっちに来れば良かった」
チェインメイルを装着したアレクも驚きを隠せない声で呟く。
ロレンは近距離を得意とする戦闘スタイルなため、がっしりとした鎧よりも、俊敏性を重視した鎧の方がいいのでは?という結論が出て、新しいレザーアーマーとラウンドシールドを購入した。
一方のアレクは、愛用している剣が両手持ちで盾を握ることができないため、盾は買わずにチェインメイルを購入・装備したのだった。
「でも、過信はしちゃダメだぜ?盾っていうもんは所詮消耗品だし、壊れやすくできてるもんなんだ。何でも攻撃が防げると思っちゃいけないぜ」
「え、そうなんですか……?」
ロレンが目を丸くする。
強い盾=どんな攻撃でも防ぐことができる、というイメージを持たれることが多いが、本来盾は使い捨てられるのが普通だ。
鉄などの硬質な素材を使えば防御力は上がり、防げる攻撃が多くなる半面、その重量が増えて自由に振り回すことが困難になり、むしろ、防御できる範囲は狭くなる。
つまり、防御性能が高い鉄の盾よりも、軽くて振り回しやすく、安くて量産性に優れている木製の盾を使うのが一般的なのだ。
「弓の使い方に精通しているやつだと、鉄でも易々とブチ抜くことができるらしいからな。同じ使い物にならなくなるなら、木製の盾を定期的に買った方が得というわけだな
「そうとは知らずに、ちょっとだけ高い盾買っちゃったんですけど……?」」
「ま、身を以て経験するって意味での授業料、ってことでいいんじゃないか?」
「アレクは盾を買ってないから、完全に他人事だよなー」
噴水の縁に凭れ掛かりながら、ロレンは溜め息をつく。
広場に面した教会からは鐘の音が響き、石造りの賑やかな街に吸い込まれるようにして消える。寮を出た時間からすると、三時課の鐘(午前9時を告げる鐘)だろうか。
「俺だって、44パウンド(約20kg)あるチェインメイルに慣れなきゃいけないんだからな。今までレザーアーマーを着ていたから、なかなか重さに慣れん」
「お互い様だな。明後日からそれを着て登校するのか?」
「勿論だ。折角買ったのに、使わなきゃ意味がないだろ?」
「最初は大変だろうと思うけど、せいぜい頑張るんだな!」
全身がプレートアーマーよりも硬くて重い先輩が、歯を見せて笑う。
「まぁ、俺には幽幻斬りがあるから、着ているチェインメイルの重量を斬って無くしちゃえばいいだけだから、そんなに辛くはないんだけど」
「おいアレク。聞き捨てならんことを聞いたぞ今?!」
しまった、という顔をするアレクだが、もう遅い。ずずいとロレンが迫る。
「そんな裏技みたいな芸当ができるんだったら、オレの荷物の重量も斬ってくれよ。そうしたら、もっと楽に崖を登れるじゃねぇか!!」
「幽幻斬りの効果は一定の時間だけだから、崖を登っている途中に効果が切れたら、重さに耐えらえなくなって逆に登り辛くなるぞ」
「ちぇっ、オレにも便利な能力が欲しかったなぁ」
「おいおい。能力ってのは神様から与えられた奇蹟みたいなもんなんだから、悪く言うんじゃねぇよ」
リチレンが諫める中、ロレンは肩の力を抜いて空を見上げる。
空一面は薄い雲に覆われ、午前中だというのに街には影が落ちて暗い。
「……なぁ、アレク。オレたちが寮を出た時って、こんなに曇ってたっけ?」
何を言い出すんだ?と思いつつも、空を見上げるアレク。
「急に天気が変わることだってあるだろ?別に、珍しいことでも何でもないじゃないか」
「に、しては、雲が増える速度が、あまりにも早すぎやしないか?オレたちが今朝した会話を思い出してみろよ!!」
「確か、雲一つない晴れ空だから、絶好の冒険日和だぜ!的なことを言っていたよな……?」
改めて空を見上げる。
雲一つないどころか、雲しかない。
決して厚くはない雲が何処までも続き、エイミル王国一帯、もしくは、その辺境の土地の空までもすっぽりと覆い隠してしまっている。
「やべぇぞ……」
対して、
「もし本当なら、やべぇことだぞこれ…………!!」
二人の後輩よりも実戦経験も知識も豊富なリチレンは、何かに恐怖するかのように空を睨んだ。




