第17話:『商業区画』学生向けマーケット
「起きろアレク!!」
他人の部屋の扉だというのに、お構いなしだった。
だん、だん、どん、だん、がん、と、絶え間なく木製のドアを叩く音が部屋に響く。
アレクの部屋は203号室なのだが、隣の202号室はロレンの部屋なため無人。廊下を挟んでエイミーの部屋があるのにも関わらず、構うことなく乱打してくる。デリカシーという言葉を知らないのだろうか。
(うるせぇなちくしょう……)
合格者オリエンテーションで配られた紙曰く、今日と明日は休みだそうだ。寝て過ごして英気を養おうかと思っていたところを、腐れ縁の少年に邪魔される。
「今日は休みなんだから、こんなに朝早くに起きる必要ないだろ……?」
寝巻に寝惚け眼という、「如何にも今まで寝てました!」という体でドアノブを引き、ドアの隙間に見えたロレンに物申すアレク。
一方の朝から騒音少年はと言うと、
「『商業区画』で、ムス学生向けのセールをやってるんだとよ!一緒に行こうぜい!!」
身形はばっちり整い、リュックを背負って準備万端だった。今にも駈け出しそうなほど意気揚々としている。
「セール、って言っても、何を買いに行くんだよ?」
寝起きで働かない頭を必死に回転させる。
レウノ村を出てエイミル王国に辿り着くまでには、結構な距離を歩く必要があったため、採取した山菜や木の実・肉類を調理するための鍋などの料理道具、野宿した時用に火を熾すために必要な火打石・ボロ布・アルコール飲料などを買い足したり、修理する必要があったが、寮部屋という雨風を凌げる居住空間を確保した以上、現状ではそれらのアイテムの出番はなくなったため、急ぎで買う必要はない。
「いろいろあるじゃないか?ビスケットみたいな日持ちする携帯食を買っておけば、小腹が空いた時に便利だし、もしかしたら、チョー格好いい武器とか売ってるかもしれないだろ?あれこれ見て回るだけでも楽しそうだし、何より、折角来たんだから、エイミル王国を散策しようぜ!」
「確かにな」
よく考えてみれば、アレクはエイミル王国に来てから真っ直ぐ切り立った崖に向かったため、国内の大通りを歩いただけだ。
少なくとも数年間は、この国に腰を落ち着かせることになるわけだし、これから食事の際に使うことになるであろう居酒屋や、安く消耗品を購入できる雑貨屋などの位置を知っておいて損はないだろう。
「……ちょっと扉を閉めてくれないか。部屋の中で準備がしたい」
「おっ?一緒に行ってくれるってことか?!楽しみだぜ!!」
遠慮という言葉を持ち合わせていないらしい。力任せに勢い良くドアが閉められる。
衣擦れの音を立てながら、部屋の中に整然と並べられた荷物を確認する。
昨日の夕方、荷物を少しでも軽くするために、鍋・包丁等の調理セットを出して床に並べたのだが、何故か、火熾し兼猛毒を持った蛇やモンスターに噛まれた際に使用する、アルコール度数の高い酒が瓶ごとなくなっていたのだ。
うっかり何処かに置き去った、もしくは、崖の上で教職員と交戦して気絶した時に、誰かに抜き取られたのかは定かではないが、何かと重宝していたため、この機に購入しておきたい、という気持ちはあった。
荷支度を終え、部屋を出て階段を降りると、一階の突き当たりにあるスィムの部屋まで行って出掛ける旨だけを一言告げ、ロレンと並んで学生寮を出る。朝早いとあってエントランスには誰もおらず、昨日の賑わいが嘘かのように閑散としていた。
「ようし、準備は出来たな?!オレとアレクで行く初めての冒険だ!なんてな!!」
「大袈裟だな。これが冒険なら、俺が村にいた頃に大人たちと行った山菜取りの方が、よっぽどの大冒険ということになるぞ?」
「ふふふ。今から行くのはモンスターが出ない安全な旅かもしれないが、地図もなく土地勘のない場所を歩くんだぜ?洞窟の中に見つかった迷宮を冒険するみたいで、わくわくするじゃないか?!」
大扉を押し開けて寮の外に踏み出すと、アレクとロレンの左半身を陽光が照らした。寮は南向きに建っているため、東から登った太陽が二人の冒険を祝福するかのように照り付ける。
「雲一つない晴れ空!澄んだ空気!!まさに、絶好の冒険日和だなアレク!!」
「都市部だから、別に空気は澄んでないと思うけど……?」
年甲斐もなくはしゃぐロレンと他愛のない会話を繰り広げるうちに、大通りを挟むようにして並び立つ住宅街に、露天や商店・靴職人や鋳物屋などの職人が経営する店が点在しはじめる。『居住区画』から『商業区画』へと街並みが変わっている目印だ。
「着いたぜ!ここが、ムス学生用巨大マーケット会場だ!!」
巨大マーケットに背を向けながら、我が物顔で叫ぶ。
普段は大きな広場として使われている場所のようで、古本を平置きしている女性や、木箱に詰められた果物を売っている男性など、広場の至る所に大小様々な露天が並べられている。どちらかと言うと、安売りやセールよりも、大型フリーマーケットの方が表現としては近いようだ。
ロレンの話によると開催されるのはムス学が休みの日の午前中だけで、知る人ぞ知る朝市なのだという。
「さてさて、オレの手に合いそうな武器は何処にあるのかな、っと。……って、あれ?」
狭いながらも動線となる道は確保されているため、脇に並んだ多種多様な店舗に目を通していると、彼方から漂ってくる芳香に釣られ、ロレンが鼻をひくひくと動かす。菓子の類を焼いているような匂いで、朝から何も食べていないアレクの食欲を自然と湧き立たせる。
「これ、焼き芋の匂いじゃないか?!オレ、焼き芋が大好きなんだよな!!」
頻りに首を動かして匂いの根源を辿る。
すると、大通りと広場の境界辺りにある店の一つに、焼べた火で芋を焼いている露店を発見した。芋をその場で調理して販売しているようだ。
「あったあった。おじさん、オレに焼き芋一つ売ってくれよ!!」
「あいよ。一つ5キュールね」
「キュール……?」
「なんだにいちゃん、さては、この王国に来て日が浅いな?」
露店のおじさんが芋に視線を向けたまま話す。
「お国が違えば、使っている硬貨も違うっていうのが道理だろ?このエイミル王国では、キュール銅貨とセンブル銀貨を使っているんだが、にいちゃんは、そいつを持っているのかい?っていう話だよ」
「も、持っていない……、です…………」
「じゃあ、残念だが、にいちゃんには売れないな」
がっくりと肩を落とし、意気消沈するロレン。
アメリカで買い物をするのに日本円が使えないように、エイミル王国内で買い物をしたかったら、ちゃんとエイミル王国内で流通している硬貨を使用しなければならないのである。考えてみれば、至極当たり前のことだ。
「くそっ!両替商のところに行くぞアレク!!……って、何買ってるんだ?」
「アルコールの強いお酒だよ。切らしてたから、買っておこうと思って」
「……アレクはキュール銅貨とセンブル銀貨持ってるのか?」
「その国に入ったら、その国の硬貨にちゃんと両替してもらってるよ。……というか、王国領に入る時に通行税を払っているはずだから、その時に関所で両替してもらってるんじゃないのか?」
はっ、としたロレンが急いで背中の荷物を降ろし、中に入っていたものをひっくり返す。
往来の最中での奇行なため、道すがらの人々が奇異な目を向ける中、奮闘の末に、じゃら、という音がする袋を発見する。
「あった!これだ!!これに違いねぇ!!」
鼻歌を歌いながら袋の紐を解くロレン。恐らく、彼以上に「焼き芋が買える」というだけで、ここまでテンションが上がる人物には、一生巡り合わないだろうと、アレクは狂喜乱舞する様子を見ながら思った。
いよいよ、キュール銅貨とご対面だ。
左手に持った袋から、少額の硬貨が、ざらざらと右の掌に流れ出て小山を形成する。
が、
「ようし、これで焼き芋が買えるぞ焼き芋……って、あ゛ぁああっっ!!!」
希望の色に満ち満ちていたロレンの顔が、一瞬で恐怖と絶望に変わる。
何故なら、
「キュール銅貨じゃないな。これ」
放心状態のロレンの手の上から硬貨を一枚頂戴して検める。
袋に大量に入っていた硬貨は、ロレンの出身地だというメクイシ村と、その周辺の集落で使われているセモ銅貨だった。




