第14話:同じ寮の仲間たち
「随分と驚かせちまったようだな。ごめんごめん」
「ま、誰だってお主のことを見たら驚くぞ。無理はない」
「元はと言えば、リテが修理中のボクの腕を持って逃げたのが悪いんだろうがっ!!」
嵌めた右腕と首の感触を確かめながら、左隣に座った小柄な少女を睨む。
顔を真っ青にしたまま腰を抜かしたロレンを引っ張って、ムスターハ英雄学園第08番寮の中に入った4人は、少し広めのエントランスにある円卓を囲っていた。
「大変驚かせちゃって申し訳ねぇな。ボクの名前はリチレン。ボクは君たち人間とは違う人造人間でね、身体のパーツを着脱することができるんだよ」
「ほら、指だって関節ごとに外すことができるよ」と言いながら左手の親指を外して見せると、リチレンの右隣に座っていたロレンが「ひいっ」と小さい声で叫んだ。リチレンは近くで見ても普通の人間と相違ない見た目をしているため、非常に痛々しく映る。
「人造人間となると、リチレンは誰かに作られたってことか?」
「あぁ、そうだ。でもな、誰に造られたのかは分からねぇんだよ」
人造人間というのは、そのままの通り、人によって製造された人間である。
主に研究者が助手や身辺警護などを目的として作ることが多いのだが、粘土を捏ねて魔力を込め、『emeth』と刻めば動き出すゴーレムと比べて構造が複雑であることや、定期的に緻密なメンテナンスが必要になること、高等な人造人間を作れるほどの製造技術を持ち合わせている者がほぼいないことなどから、作られること自体が稀となっている。
「ボクは、自分を作ったのは何者なのか、そして、自分自身は何者なのかを探すために、この学園に来たんだ。……まぁ、頼りになるのがこれだけじゃあ、何のヒントにもならないと思うけどな」
正面に座るアレクに見えるように右肘を立てる。そこには、「※※※-Type3」と書かれているが、ハイフンの前に書かれている三文字は掠れて読み取ることができない。
「Type3ということは、ボクと同じバージョンのモノが少なくとも二体はいると思うんだけど、それがボクのような人造人間なのか、犬や猫のような動物の姿をしているのか、それとも、失敗作としてスクラップされたのか……。それすらも分からないんだ」
「妾は機械都市メニイルで生まれて126年生活してきたけど、お主ほど生きた人間のように動き、しかも、意思を持って行動する人造人間は初めてだ。それほどの高度な技術を持ち合わせているのだから、リチレンもメニイルの出自ではないのか?」
「ところが、それすらも記憶がないんだ……。自分の出生に関する記憶は、一切なくてね。靄が掛かっているかのように思い出せねぇんだよ」
「ひゃっ……、ひゃっひゃっ…………」
先ほどから驚きの連続で、壊れたレコードのように無機質な声を喉の奥から出すロレン。
「126歳」
喉から絞り出すのがつらそうに見えたので、ロレンが言わんとしていたことを察したアレクが代弁する。
「如何にも。ただの小柄な女の子に見えるかもしれんが、妾はこれでも、ドワーフ族の女でな。この学園には、ドワーフ族の発展が止まってしまった技術を動かすための知識や技能を身に着けるために来ているのだ。あ、名前はリテだ。君たちよりは相当年上だが、リテさんでもリテちゃんでも好きに呼ぶがいい!」
えへん、と胸を張るが、椅子に座っているにも関わらず、床に着いていない脚がぷらぷらと揺れて、威厳も何もあったものではない。
「ドワーフ族にも女性って居たんだな」
例えばオークには、オーグレスという女性型のオークがいて、オスとメスによって呼称が異なるのだが、一方で、エルフなどの雌雄が確認できるにも関わらず、呼称に差のない種族も存在する。
ドワーフといえば、髭を生やしたおじさん、というイメージが強いため、女性ドワーフにも立派な髭が生えているのだろう、と勝手に想像しがちだが、目の前にいるリテは10代前後の姿形をした、何処にでもいる普通の少女だ。
「ははは。良く言われるな。でも、そういう種族による偏見は、時として命取りになるから、注意した方がいいかもだぞ。如何なる種族でも子孫を残すために男女の番が必要なのだから、女ドワーフ・男エルフ・女ゴブリン・女オークだって、お主が想像できんだけで存在するのだ。この学園には多種多様の血族を持った者が集まることだし、今のうちに認識を変えておくといいかもしれんな。じゃないと、」
驚きっぱなしであるため、遅かれ早かれ失神するのではないかと心配になる少年を指す。
「こいつみたいに腰を抜かすことになるぞ。全く……、人造人間と女ドワーフを見ただけで、こんなに取り乱すなんて、この先心臓がいくつあっても足りなくなるぞ」
「この寮ではボクたちが少しイレギュラーなだけで、後は普通の人間だから、これ以上彼の心臓が縮まることはないと思うけどね」
アレクは改めて目の前に並ぶ先人たちを一瞥する。
どんな理屈で動いているのかも分からない人造人間と、亜人種である女ドワーフ。
他種族のモノとこうも友好的に会話ができる機会など限られているので、非現実過ぎて逆に冷静になってしまう。
「話はこんなところだな。まぁ、このムス学にも追い追い慣れていくはずだから、気長に構えることだ」
『ムス学』とは、ムスターハ英雄学園に付けられた略称のことだ。
学園の生徒だけではなく、エイミル王国にする一般市民にも広く普及している呼び方だという。
「学園生活で困ったことがあったら、遠慮なく聞いてくれよ。ボクたちは寮の先輩なんだからな……っと、そうだ」
リチレンはいきなり立ち上がると、エントランスの脇にある扉を開け、身体の半分だけを部屋に入れる。どうやら、部屋の中にいる何者かと話しているようだ。一言二言話を終えると、女性を連れてこちらに戻る。
「ほほう。君たちが新一年生か。私の名前はスィム。この寮の管理人をやっている者だ」
女性はすらりと背が高く、猫のような耳が付いた探偵帽にトレンチコートという、近世ヨーロッパの小説から飛び出してきたかのような見た目をしていた。
寮の管理人、というくらいだから年配の女性かと思ったが、顔付きからすると20代くらいに見える。――リテの件があるため、断定はできないが。
「よろしくお願いしま」
「初めましてロレンです。いやぁ、こんなにも美しい女性が常に身近にいるなんて、オレは感無量です」
死にそうなほど真っ青な顔をしていたのが嘘かのように勢い良く立ち上がると、即座にスィムの手を取る。
「褒めても何も出ないよ?ロレンくん?」
「いえいえ。褒めているのではございません。事実を述べているまでですよ?」
「事実?探偵業をやっている私の前で、その言葉使っちゃう?」
手を振り解くと帽子の位置を正す。
「私、この寮の管理人であると同時に、副業で探偵業をやっていてね。これがまた、結構繁盛しているんだよねぇ」
「スィムの能力は超常的な勘と言ってな、他の人間とは比べ物にならないくらい、異常に優れた勘を持っているのだ」
「その代わり、調子の良し悪しに山があったりするけどね。スランプな時は、本当にスランプで大変なのよ」
トレンチコートのポケットを弄ると、鍵束を取り出す。
「はいこれ。空き部屋の鍵。空いているのは、104、105、202、203、204の5部屋。好きな場所早い者勝ち~。ちなみに、105部屋を選ぶと、私の部屋の隣になるよ」
「喜んで105部屋に」
「ふむふむ。ロレンくんには、私の部屋から最も遠い202の鍵をあげよう!」
鍵束から「202」と彫られた鍵を外すと、アイドルを追い駆けるストーカー紛いの少年に投げ付ける。
「で、君は何処の部屋がいい?」
「アレクだ。これから世話になる」
「なかなか素っ気ない子だね。ま、男の子は、これくらいの方がクールかな」
どこか関心しているようにアレクを見据える。
「私の隣の部屋以外の104、203、204だと階段から近いから、朝、身支度が忙しくて時間がない時に便利だよ?」
「そうだな……。では、203部屋で」
「おっ、ロレンくんの隣の部屋だね。その心は?」
「俺が面倒を見ないと、ロレンは寝坊するんじゃないかと思ってな。それに、」
ロレンをチラリと見る。鍵が当たって赤くなった鼻を摩りながら、床に落ちた鍵を拾っているところだった。
「あいつには一応、入学試験で助けられているんで、その借りを何処かで返そうと思って」
「おいおい、素直じゃないなあ。恰好つけてないで、ちゃんと「恩を返したい」って言えばいいんじゃないの?」
「別に、そんなにたいそうなものでもない」
「恩の大きさに、大きいも何もないと思うけど。ま、いいか」
スィムは203部屋の鍵を取り出すと、放物線上に投げた。




