第12話:エイミル王国と英雄学園
「素直に無地のカードを選んだ甲斐があったな!!やっぱり、何事も正直に生きるのが一番だぜ!!」
と、言ったのはロレンの声。言葉の端から嬉しさが滲み出ていた。
「そして、ロレンと同じ寮とはな……」
と、嘆息とも言える声音で呼応したのはアレクの声。両者とも合格か、両者とも不合格かという、綱が切れそうな吊り橋みたいな、危ない橋を渡ってきた、という事実を噛み締めながら、もう一人の少年も安堵の声を漏らす。
入学試験が終わった後、体育館で合格者オリエンテーションが行われ、その場で寮の場所・部屋の割り振り、合格者たちの顔合わせ、今後の日程の説明などが行われた。
そして今、自分たちが、これから厄介になる寮に向かっている最中である。
――元来た崖を命綱なしのロッククライミングで降りながら。
合格したんだから、今日は特別に移動魔法で降ろしてあげる☆
……なんていう気の利いたサービスを、キヌゲネズミ科キヌゲネズミ類の灰色の体毛の学園長と、「助けてあげる」と、にこにこしながら、入学試験で人を平気で蹴落とそうとしてきた、詐欺師紛いの魔術師先生がするわけがなかった。
『ムスターハ英雄学園の試験に合格した』というキラキラした肩書を持っているにも関わらず、結局は不合格者と同じ優遇である。
「なぁアレク。ふと思ったんだけど、アレクの幽幻斬りを使えば、オレたち崖から飛び降りても大丈夫なんじゃね?」
「……つまり、ロレンは、断崖絶壁を片手で掴みながら、俺に幽幻斬りを使えというのか……?」
「できねぇのか?」
「何で俺が、ロレンの下山を手助けせにゃならんのだ?」
「まぁまぁ、後で何か奢ってやるからよ!」
よっぽど下山するのが億劫らしい。隣からキラキラした瞳を向けてくる。
ロレンには、ザウドの嘘を見破ってもらったことで、不正解のカードを選ばずに済んだという借りがあるため、少しくらいは要求を呑んでもいいかと思ったアレクだが、
「技術的には不可能ではないかもしれんが、高低差を確認しながらタイミングを合わせて幽幻斬りを使わなくちゃいけないから、結構難しいんだよ」
万が一のことが起きてしまっては取り返しがつかないため、難色を示す。
幽幻斬りは異空間だけではなく、見えないものであれば幽霊・速度なども斬ることが可能なため、ロレンの目論見通り、幽幻斬りを使って落下中に発生する重力加速度を斬れば、理論上は崖から飛び降りることはできる。
しかし、幽幻斬りを使う際に肝心となるのは、重力加速度を斬って0にするタイミングであるため、早すぎると着地すると同時に骨折、遅すぎると地面に打ち付けられて命を落とすことになる。
しかも、その作業を自分が落ちないようにしながらやらなければならないため、難易度は何倍にも跳ね上がる。
「ちぇーっ、残念だな」
ようやく事情を理解してくれたようだ。唇を尖らせながらも次の岩を探し、命懸けの下校を再開した。
「……って、待てよ……?」
――と、思いきや、ピタりと止まって神妙な面持ちになるロレン。
次に足を引っかける岩ではなく、まるで、今の天気を確認するかのように空を見上げる。
標的は自分よりも少し上にいる女の子。魔術科を志望する娘なのか、それともお粧しした服なのか、レースが着いた少し短めのスカートを身体の動きに合わせて揺らしている。
「これ、上を見上げながら降りて行けば、パンツ見放題じゃねぇか……!うおおぉおお!!足元を見ないと危険だと分かっていながらも、頭上に目が離せねぇ!!」
頭上に視線を固定したまま、切り立った岩山を慎重に降りていく性欲旺盛な少年。本人曰く、崖での移動は得意らしく、これくらいのハンデがあったところで踏み外すことはないようだ。
全くもって、無駄な才能が開花した瞬間だった。
「降り終わった者は待機していてください。全員が降りたのを確認してから、僕が先導します」
そんなこんなで命懸けの崖下りを終え、人語を話す牛の見た目をした獣人・ミノスに引率されながら市街地を進む。
ムスターハ英雄学園があるエイミル王国は、切り立った岩を中心として、
西方が市場や飲食店などがある『商業区画』、
南方が市街地の密集する『居住区画』、
東方が田畑や果樹園が広がる『生産区画』、
北方が墓地の広がる『墓地区画』、
と、呼ばれて区別されているらしい。勿論、あくまで便宜上の大まかな分け方であり、『墓地区画』にある飲食店や、『居住区画』にある田畑だって存在する。
ちなみに、『居住区画』には学生寮もあるため、現在アレクたちは『居住区画』の中を、寮を目指して歩いている状況だ。
「に、してもよ。エイミル王国ってのは、随分と歪な形をしているんだな。普通、墓地っていうのは市街地の外周を取り囲むようにあるもんだし、田畑だって市街地にあった方が便利じゃないか?」
「いえいえ。このような形になっているのだって、ちゃんと意味があるんですよ?」
……どうやら、ロレンが漏らしたお小言を聞いていたらしい。前進を止めないまま、首だけを振り向かせて牛頭の男が口を開く。
「ムスターハ学園長が、このエイミル王国に学園を築くことになった時、当時の国王と相談した結果、敢えてこのような形に整備されたそうです」
「だからって、あまりにも歪じゃないですか?西と南に住居を固めて、東と北は人気のない墓地と田んぼですよね?こんなんじゃ、モンスターに「畑を荒らしてください」って、言っているようなもんじゃないですか」
「だからこそ、この場所に学園を建てる意味があったんですよ」
「…………??」
ロレンの頭が横に傾いていくので、アレクが助け舟を出す。
「学園を中心に見れば、東に田畑、西に市場、南に居住区、北に墓地があるように見えるけど、市街地を中心とすれば、モンスターが出没しやすい墓地や田畑を、市街地から守るようにして学園が建っている、ということだ」
「ご名答です。なので、我々は魔王軍に対抗できるだけの力や技術を身に着けるのは勿論のことですが、それ以外にも、墓地や果樹園に出没したモンスターの駆除などを、課外授業として行うことがあるので、そこは注意しておいて欲しいところですね」
石を敷いて丁寧に舗装された道を少し歩くと、噴水の前で止まった。子供たちが走り回る長閑な声や、少し離れた場所には絞首台があることから察するに、少し大きめの広場に到達したようだ。
「それでは、ここで解散としますが、配った書類に寮の番号が書かれているので、その通りの寮に行って自分の部屋を確認してください」
ミノスは彫刻で彩られた噴水に背中を向けると、ぞろぞろとついて来た合格者たちに聞こえるように話す。
――と言っても、身長が10フィート|(約3m)を越えるほどの巨体なので、ごく普通に発声しただけだったが。
「『商業区画』の散策もいいですが、慣れない岩登りに身体が疲弊しているはずです。休める時にしっかり休むことも大切なことですからね。もし守らないと……」
人間の等身くらいはあるのではないかと思われるくらい巨大な戦斧を片手で構えると、
「脱出不可能な迷宮の刑ですよ?」
少し低くした声で脅すように言った。しっかりと手入れされた刃が怪しく光る。
脱出不可能な迷宮とは、ミノスが持つ能力で、対象を異空間に移動させ、絶対に脱出することができない迷宮に幽閉する能力だ。
オリエンテーションの時に少し説明があったが、ミノス先生は生活指導を担当する教師でもあるらしく、罰則を犯した者や校則を破った者が、よく脱出不可能な迷宮の刑にあっているそうだ。
「だとよ、アレク」
「俺は寄り道せずに真っ直ぐ寮に戻りたいと思っていたから、別に問題はない」
「えっ?!『商業区画』に行かないのか?!」
「脱出不可能な迷宮の刑を受ける覚悟があるなら、別にいいんじゃないか?なかなか不気味な空間だったぜ。あれ」
「おおう……。アレクは入学する前から経験している内容が濃すぎるんじゃないか?」
身震いするロレンとともに、書類を頼りに寮へと向かう。




