第43話 歯車
2本の短刀を持つロッソと大斧を持つライナーに挟まれた黒ローブの男。
先に動いたのは黒ローブの男だった。
右手に持つ剣を大斧を担ぐライナーへと向け、弾かれたように地面を蹴って動き出す。
柄が長く、重量のある大斧を持ったライナーは身軽な自分に対応できないのではないか、そう考えての行動だ。
その考え通り、ライナーの動き出しは遅く、黒ローブの男が素早く懐に潜り込む、とはならなかった。
理由は1つ。脳無し脳筋と呼ばれるほどに鍛え上げられた腕が、まるでただの木の棒を持ち上げるかのように大斧を軽々と持ち上げたからだ。
なんという馬鹿力だろうか。
背後からはロッソが迫り、眼前には大斧を振り上げたライナー、咄嗟に上に跳び、聞こえないほどの声で短く詠唱し風魔法を発動、少しでも滞空時間を延ばそうと自身に風を向ける。
「それは悪手ですよ。」
ロッソはそう言うと、ライナーの大斧に乗って上空まで飛んだ。
細身のロッソをライナーがシーソーのように吹き飛ばしたのだ。
これには驚くしかなかった。
完璧なコンビプレーにより飛んだロッソは魔法を使った硬直で無防備になった男の鳩尾に空中回し蹴りを叩き込んだ。
かろうじて腕を交差させて威力を緩和するも、ロッソの力と重力の合わさった今の一撃はなかなかに重い。
風を切って落下する男の下で待ち受けるのは右拳を振りかぶったライナーだ。
体内を巡る魔力を右拳一点に集めた正拳突きをお見舞いする。
男は住宅街を黒い砲丸のごとく吹き飛び、受け身も取れず転がる。
追い討ちをかけるかのようにロッソが上空からスキルを発動する。
自身を中心に紅く輝く短刀が展開される。
その数、ざっと見積もって50はあるだろう。
「【道化師の悪戯】」
両手の指を鳴らすと短刀はマシンガンを彷彿とさせる勢いで発射される。
やはり夜の貴族の住む住宅街には似つかわしくない光景。
全ての短刀が射出され、あたりを土煙が覆う。
「さて、どうなった?」
大斧を肩に担ぎ着地したロッソと土煙が晴れるのを待つ。
あれほどの攻撃を受ければ立っていられないはずだ。
しかし、2人は土煙の中に人影を見た。
土煙が晴れ、そこにいたのは、黒ローブの男の前に立って結界を展開している女だった。
陶器のように白い肌と霞がかかった銀髪、黒い目を持つ、間違いなく美女の範疇に入る容姿だ。
だが、こちらを見据える目は凍てつくかのように冷たい。
「…死神とギルド長ですか。人間だと侮りましたか?」
「チッ、黙れ。結界か強力すぎる。一先ず手を引くぞ。」
そんなやりとりをするとライナーとロッソの前には光り輝く魔法陣が出現した。
人間が使う魔法陣とは違う種類のもの。
「…テメェら、魔族か?」
「だとしたら何か問題が?」
威嚇たっぷりの低い声でそう言ったライナーには目もくれず女は魔法陣を完成させる。
2人の魔族を粒子が包むのを見て、何かに気づいた様子でロッソが走り出す。
「させませんよッ!」
初動からトップスピードで前進し手を伸ばすも、その手は虚しく空を切り魔族は魔法陣とともに消えた。
今魔族の女が展開したのは瞬間移動の魔法陣だ。
同じ手を見たことがあるロッソは気づいたが、すでに遅かった。
「くそっ、何が目的だったんだ⁉︎」
「…わかりません。まだ誰にも言わない方がいいでしょう。私も自分なりに調べてみますが…」
魔族がいなくなり、元Sランク冒険者2人を残した住宅街に風が吹いた。
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シド視点へ
昨日の夜遅く、俺の住む北東地区で何か騒ぎがあったらしい。
騒ぎといってもそこまで大きいものでもなく、せいぜいどこかのバカが喧嘩したぐらいだろう、と商店の人は言っていた。
俺が屋敷に帰ったのがちょうど日が変わる頃だったから、その少し前だろう。
怪我人もいなく、被害もなかったから噂として取り上げられることもなかった。
さて、昨日話していたサムリエル魔法学院での教師を務める件についてだが、学院内での手続きが全て終了したら迎えに来るとのことだった。
それまでは暇になる、と言うことで、元素魔法を習得した時から考えていたある武器を作ってみようと思う。
球状の形をしており、安全ピンを抜いてしばらくすると爆発する投擲武器、手榴弾だ。
前にも言った通り、空気魔法は圧縮した空気を物体に押し込み、それを破裂させることによって、理論上全ての物質を爆弾にすることができる。
今回はそれを使って手榴弾を作るのだ。
ちなみに、俺が魔法を使った方が威力は高いが、それでも手榴弾を作るのには訳がある。
日本ではまず使う機会がないであろうそれにロマンを感じたからだ。
閑話休題
設計図はすでにリーヴが用意してくれているのであとは【創造】で創れば完成する。
そう思っていた。
試しに1つ創って絶望の森で爆発させてみたのだが、威力がしょぼかった。
原因としては、手榴弾の構造上、どうしても圧縮した空気が外に漏れてしまうことだった。
「火薬でも使うか」
地球で使われていた手榴弾には、もちろん火薬が使われている。
地球上で使われている火薬でもあの威力なのだ。
それに俺の魔力を込めたらどんな手榴弾ができるだろう。
『火薬を使った手榴弾の製造方法を表示します』
リーヴが出した設計図を元に【創造】で1つ創って爆発させてみる。
左手で安全ピンを抜いて右手で本体を投げる。
放物線を描いて飛んで行った手榴弾は、50mほど先で大きな爆発を起こす。
赤い爆炎と強い熱風がこちらまで届き、危うく飛ばされそうになる。
それほどまでに威力が大きいのだ。
俺の魔力を込めて創られただけあって、地球にあったものとは比べ物にならない。
魔物の群れの中心に投げ込めば一気に殲滅できるだろう。
こうして、異世界にはまず存在しないはずの武器が誕生した。
実はこの後にもいろいろとロマン武器を創っていたりするのだが、それはまた別の機会に…
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ーまた場所は移り、ヘスティア達、神がいる神界にてー
目の前には数人の神が座る円卓、隣には筋骨隆々で背中に大きな槌を担いだ男が面倒くさそうに座っている。
(こんな脳筋が隣の席って…ついてないわ…)
ため息を吐きながらそう思っているのはヘスティアだ。
この場にいるのは今から神卓会議が始まるからだ。
神卓会議とは文字通り、神が話し合う場であり、基本的には最高神の招集により不定期開催される。
神のみが参加するので、当然横にいる筋肉男も神の1人だ。
この男、鍛治の神と知られるヘパイストスである。
神器の創成者でもある彼は中毒と言ってもいいほどの酒好きである。
ヘパイストスがシラフの時など存在しない、神の間ではそう言われている。
閑話休題
「いつも通りの酒の匂い、変わらないですね、ヘパイストス。」
「おぅ、そう言うお前はいつも通りのヘラヘラした顔してるな。」
ヘパイストスとそんなやりとりをしているのは刻の神・クロノス。
見た目は優男そのものだが、その戦闘力は多くの神を唸らせる程だ。
ヘスティアが気兼ねなく話せる数少ない神の1人でもある。
「皆、揃っているな」
円卓のある一席からそのような声が発せられる。
神の頂点である最高神は全体を見渡すように視線を向ける。
真っ白な白髪と鋭い眼光から恐れられることもあるが、実はそこまで怒っても怖くない事をヘスティア、ヘパイストス、クロノスの3人は知っている。
ある意味腐れ縁の3人は危ない橋を一緒に渡り歩いてきたような仲だ。
そのお目付役が最高神なのだ。
「今回この場に招集したのは他でもない…奴が蘇ろうとしておる。」
円卓に動揺が走った。
最高神の言う「奴」、これは神の共通認識で1人の神を思い浮かばせる。
「奴、っていうと、あいつしかいねぇよなぁ?」
ヘパイストスが酒臭い息を吐きながらこちらに同意を求めてくるのに黙って頷く。
「奴」それは悪神ロキ。
戦神オーディンの息子であるバルドルを殺し、地底に拘束されるも、『神々の黄昏』の際に解き放たれ、最後は光の神・ヘイムダルと相打ちを遂げた。
その悪神ロキが再び蘇ろうとしているのだ。
「最高神よ、奴はヘイムダルと相打ちを遂げ、その身を滅ぼしたはず。なぜ今更になって蘇ることができるのだ?」
そう問うのは雷神トールだ。
それはヘスティアも不思議に思っている点だ。
自分はたしかにあの時、ロキの身体が灰燼と帰すのを見届けた。
「雷神トールの言うことはもっとも。蘇らせようとしているのは邪神たちだ。大方、自身が消える前にその事を託したのだろう。」
最高神はそう言うと一呼吸置いて続ける。
「今、邪神たちが目をつけているのはヘスティア、其方の世界だ。」
円卓に座る神々がこちらに目を向ける。
それに関しては薄々勘付いていた。
自身の管理する世界へ時々邪悪な視線を感じる事があった。
その正体が邪神だったという事だ。
「ですがまだ手の打ちようはあります、最高神様。」
「確かに、ヘスティアの言う通りですね。実際、邪神がそれほど集まっていて未だに蘇らせる事が出来ないということは、神の蘇生には必要不可欠なものがまだ手元にない、そういう事でしょう。現に我々さえもそれがどこにあるのかわからない。」
ヘスティアの言葉をクロノスが援護する。
そう、まだ余裕はある。
場はすでにクロノスの独壇場と化していた。
「そう、『追憶の叡智』も『聖杯』も所在は未だ不明です。神の蘇生には絶対に必要なそれがない限り、ロキは復活できない。」
『追憶の叡智』は神界の誕生から、ひいては全ての世界の今まで起きてきた事象全てを知るナニカである。
いつからあるのか、誰が作り出したのか、どのような見た目でどのように情報を引き出せるのかは一切不明。
『聖杯』はそれを受け止めるための器である。
一説では、人間に宿り、その者が死ぬと次のものに宿りを繰り返すとも言われている。
「刻の神・クロノスの言った通り、『追憶の叡智』や『聖杯』の所在は不明だが、用心に越したことはない。そしてもう一つ、悪神ロキの復活阻止には勇者の存在が不可欠だ…すでに召喚の流れは始まっている。」
そういった最高神が手を振ると、円卓の中心に映像が浮かび上がった。
ある城の一角、数十人の魔術師が大きな魔法陣を描いている。
「これは…隣接する世界から勇者を召喚するつもりですね。」
ヘスティアの管理する世界、つまり現在シドのいる世界に隣接する世界、それは…地球だ。
そして、これから召喚される勇者の存在は、世界の歯車が回る速度をどんどんと上げていくのである…




