2.砂の果実。 それぞれの結末。 5
◆捕虜 ……王都直前。
「あー。すっげぇいい天気!」
ウキハの屋上で天為は砂漠に呟いた。一連の戦いで受けた怪我は、ほぼ回復していた。生き残りの中には何人かの癒やし手がいたし、彼自身もまた、優秀な癒やし手なのだ。天為の右手には大きなグラスが握られていた。グラスには、発泡性の透明な液体……当然、お酒だが彼は中身を理解していない……が満たされていた。深く蒼い砂漠の空に捧げる。
「一つの旅の終わりに!乾杯!」
「ご機嫌だな。」
遅れて屋上にやってきた高坂は笑う。ま、天為は大概はご機嫌だ。高坂の背には大きな荷物が背負われていた。装甲付きの背嚢にも見えるそれはとても大きく、2メートルを超える身長を持つ彼だから、何とか背負えている状態だった。その背嚢にはネワタやエンライが収納されている。
「出発の準備出来たみたいだね。つか、これみてよ!玉座っぽくね?」
天為は自身が座る岩のくぼみを示した。雨風で磨耗しているが、そう言われて見れば、何やらレリーフが施されているようにも見える。まぁ、興味は無いが。
「ねぇ、ねぇ。ちょっとだけ、王都に寄っていこうよ。何か面白いもの見れるかもしれないし。」
高坂の後から屋上に現れたハルは、あきらめ口調で、一応言った。肩には、愛くるしいセツナがマスコット宜しく座って居る。戦いが終わって以降……あの中年女と再開して以降?……天為に敵意を見せる事はなかった。天為はそんな二人をちら見して、返した。
「やだよ。めんどくさい。クレイフ守備隊は一応、壊滅してるし、コイツら一応、反体制側のギルド月雲だし、どんな揉め事に巻き込まれるか解んないよ。着いたらいきなり投獄されて縛り首かもよ。」
「それに次の目的地は守護者の門だ。ここで進路を変えた方が近い。」
高坂が口を挟んだ。
「わかるけどさ?だって、どうせナガーイ旅の途中でしょ?ちょっと位寄り道しても、一緒だと思うんだ、あたし。それにそれに美味しいお酒があるかもよ?ね?」
かははははは、と天為は笑い、発泡性のお酒をあおった。
「長旅だから、寄り道しないの。一々、興味のあるところに寄ってたら、きりがないよ。それに……。」
ウキハ屋上に最後の来客が来て、天為の話は遮られた。砂漠に全く似合わない、でも、すっかり見慣れてしまったセットアップのスーツ姿。コットスだ。
「本当に行くのか?私達とここに留まる選択肢もあるかと思うが。」
コットスの背後にはギルド員が捕虜を連れていた。酷い拷問が行われたのだろう。身体中、怪我をして、雑な治療が施されている。捕虜は山羊の頭と足を持っていた。陰の国フィンドアの第三旅団落日の最後の生き残り……ストクフの「左腕」だったアンだ。コットスとの最初の戦闘で捕虜となり、以降捕らわれてたままだったのだ。アンは何も言わずただ、人々を睨む。
「……いや、俺は行くよ。旅以外の選択肢はないよ。」
「そうか。旅の定義の相違だな。ま、止めはしない。私達は王都サザに行き、交渉する。可能ならこのまま、独立する。国からも、ギルドからも。」
高坂もハルも表情を変えない。天為はふっ、と笑った。コットスの事は見ずに、グラスと空が振り撒く光を眺めていた。
「いいんじゃない?何かを待って立ち止まり、繰り返すより、よっぽどいいと思うよ。」
コットスもふっと笑った。
「そうか。で、捕虜を解放してほしいというのは正気なのか?」
アンは驚く。アンが何か言葉を発する前に天為は続けた。
「勿論。そうしてくれ。それが、唯一の望みだ。旅団は全滅してるし、ストクフは俺が殺した。でも、戦いは終わったから、アンは解放して欲しいんだ。」
「貴様!今、なんと言った!本当か!ストクフ様を……。」
コットスはアンの頭部を押さえ、力を解放する。アンはマイトの動きを阻害されて、意識が朦朧とする。コットスは力を解除する。
「見たか?天為。これを解放すれば、禍根が根付き次の災いの種を育む事になる。私は賛成しないな。」
「それ、なんて予言?それもと妄想?世界は何も決めちゃいないよ。」
ウキハの屋上、底のない青空の中で彼らの周囲に一瞬だけ、沈黙の風が吹いた。そして、コットスは楽しそうに笑う。
「はははははは。了解した。そうだな。何も決まってはいないか。捕虜を解放しろ!」
コットスは部下に命じた。部下は魔力を抑える封魔の手錠を外した。アンは持てる全ての力を振り絞り、天為に突進して魔炎で攻撃を……消えた。
「選べ。」
天為の声が背後からかかる。冷気を発する刃がアンの首に突きつけられていた。アンは膝を付いた。
「私は生を選ぶ。」
天為はすっかり短くなってしまった呼雪を莢に収めた。
「元気で。」
場違いな天為の挨拶を最後にアンは走り出し、ウキハの最上部から飛び降りた。普通の人間であれば死ぬが、フィンドアの魔人には何か方法があるのだろう。いずれにしてもそれは、もう、別の物語だ。




