2.砂の果実。 それぞれの結末。 3
◆ハルとセツナ。……王都サザへの道中。
クレイフの人々はラーダンモールの生き残りに怯えながらも、落ち着き始めていた。元々住んでいた地区毎に班分けを行い、コットスがウキハの行き先を示したからだ。住居や食料の割り振り、けが人の治療、ラーダンモールの殲滅……多くの仕事があった。コットスは流石の判断力で、業務を切り取り割り振って行く。ギルド月雲を運営していただけあり、慣れたものだ。
「駄目ね。亡くなってる。」
ハルは告げた。ハルは今、癒やしの術を活用出来る医療班にいた。運ばれてくるけが人を次々と治療していく。当然、その中には死人も居る。目の前に横たわる太った中年の女性は既に絶命していた。悲しいがこれが現実で、一つの人生の終わりでさえ、流して処理していかなくてはならない。今は。
(……あー。なんかあたし感傷的になってんのかなぁ。)
ハルは自身の心の動きを敏感に感じ取り、感情をフラットな状態に戻す事に意識を合わせた。天為と高坂のイイカゲンナ日常を思い出して、ふふっとなった。まぁ、いいか。とにかく頑張ろう。そしてハルは次のけが人に……と、違和感。何だろう?変だ。どした、あたし?ちょっと落ち着いて行動を意識を巻き戻した。何かが変だと感じた時は少し行動をやり直すとその何かに気づくことができる場合がある。ハルは今一度、中年女性の……
(……セツナを売ろうとしていた旅の女性だ!)
ハルはセツナの捕縛については納得していなかった。セツナは大きなマイトを持っていて、多くの術を使いこなす。その辺の旅人が捕まえられるような種族ではない。鳥の翼を持つ妖精であるセツナは所謂、天使だ。その正体は魔術ギルド「キルク」でも把握出来て居ない。「金色の人々」との繋がりを示唆する魔術師もいる。ハルもその意見を支持している。
……でも、死んだってことは、この人は無力な旅人だったってこと。どうやってセツナを捕まえたのかしら?
だが、それを死体に向けて問いかけても答えは返らない。ハルは何かを感じて、直感的に周りの仲間に指示した。
「この女性は伝染病にかかっている可能性があるわ。直ぐに焼却班に回して。」
みんなはぎょっとなりながらも指示に従う。ウキハ内部では衛生状態が悪化してきており、良くない病気が広がり始めていたので、ハルの指示に違和感を感じる者はいなかった。中年女性の死体は運ばれて、燃やされた。
◆
セツナは、元気を取り戻していた。姿を消した状態で、ウキハ内部をうろつき人間観察をしていた。下等な人々についての見識を深めようとしていたのだ。あちこちで、そこここで、人々はヒトらしく活動していた。お互いを気遣い助け合う者。隙を見て盗み奪う者。愛を確かめる者。欲望を植え付ける者。様々だった。
(……未熟で単純。)
それがセツナの感想だった。仲間が言っていたように、この世界樹を信じて生きるニンゲン達は弱く脆く愚かだった。何もかもをコントロール出来て居ない。その、認識がない。でも、私を捕まえる程に強く、私を解放してくれる程に正しく、私を受け入れてくれる程に……愚かだった。この、感情だけを頼りに生きていくニンゲンは正に、驚異だった。セツナは既に自由だった。マイトが回復するまで暫くは、人間達の側に留まる必要があるが、自由だった。背に生えた翼で王国に帰ることが出来るのだ。疑似神はもうどこかへ行ったのだから。完全に姿を消すことができるセツナは何を心配することなく、浮かび上がった巨大なウキハの内部を行き来していた。
(……世界樹の力は驚異的です。それが模倣であり、新たに作り出す力は失われているとしても。全ての世界樹の力は失われるべきなのかもしれません。我々の立場としては……。)
クレイフの生き残りは、たったの数日でウキハの広大な空洞に空気の流れを産む魔力の筒を用意し、テントを張り、光を灯し、街を作り出していた。驚嘆すべき活力だった。未熟で愚かだが、絶望や虚無とは無縁の生き物だとセツナは評価した。セツナは群集を、見下ろす。笑い声や子供の奇声が響いていた。憎しみや、愛を叫ぶ声が響く。この生き物は既にウキハの中に生活を作り上げでいるのだ。ふと、セツナは気がついた。群集の中にこちらを見上げる人がいることに。勿論、セツナの姿はニンゲンには捉える事は出来無い。そのニンゲンはウキハの洞穴の天井を見ているに過ぎな……セツナは小さく悲鳴を上げる。あの女だ。私を見つけ、狭間にいる私を素手で捕まえ捉えたあの、女。セツナはマイトが冷えていくのを感じた。逃げるか戦うか一瞬、僅か僅かの一瞬の逡巡で、その女は微笑んだ。笑った。何かをセツナに押し込んだ。
……また、いつか。
セツナには声が聞こえた。そう、聞こえた。恐怖と絶望が押し寄せて去って行った。でも、その中年女性に見えるその存在は、にっこりと微笑み、群衆に消えた。その瞬間、セツナは決意した。此処に止まり、全てを確認するのだと。そうだ、そうだ、そうだ。世界は粉々で、誰も安心出来ない。そうだ、そうだ、そうだ。
神々でさえも。




