2.砂の果実。 それぞれの結末。 2
◆濁眼の聖騎士。……ホラン死亡直後。
高坂はウキハの最上部で辺りを見回した。浮かび上がったウキハの周囲数十キロメートルは、完全に崩落していた。巨大な穴が開いていた。穴の底ははっきりと見ることが出来ない。奈落と呼ばれるその場所は、生の外に有るのだ。高坂は深入りするつもりもなかった。とにかく、濁眼の聖騎士が死んだのであればそれで、いい。天為はまだ、目覚めない。高坂は空を見やる。砂漠の空は失われた多くの命の事を気にとめる様子もなく、深い深い蒼に染まっていた。ただ、美しいかった。蒼く輝いて美しかった。それは希望の輝きを想像させて……。
「お、おい。」
高坂は思わず声を発した。落ちてくる。蒼穹の空から。光の柱が。
落魂。
九つの光の柱は天空から降り注ぎ、奈落へと到達した。爆発が起こり、全貌を認識出来ない程の巨大な焔柱が立ち上がる。続けて、2回、3回。落魂はウキハを掠めて揺らした。高坂は落魂が落ちる先を鋭い鳶狩りの眼で見た。姿は見えないが感じる事は出来た。濁眼が下で戦っているのだ。何か想像を絶する存在と。落魂を乱発せざるを得ない、ソレと。
「か、勘弁してあんなの食らったら……
弱音を吐き出す高坂は硬直した。九本の細い光の柱にウキハが取り囲まれている。光が着地すれば、大爆発が起こり、ウキハは粉々に……光は消えた。最後の落魂は落ちなかった。
「死んだのかな?あいつ。」
いつの間にか起き上がっていた天為が言った。高坂はちらりと彼を見る。大怪我をしてあちこちから血を流しているが、致命的な傷は、癒やしの術で手当てしてあるようだ。ますます人間離れしてきたな。ため息のように返す。
「さぁな。どう思う?」
「どうだろね?」
意味のない短い会話を交わして二人は口を噤んだ。誰もいないウキハの最上部は、必然的に彼らにあの時を思い出させた。ビゲイト最後の日を。でも、まぁ、ともあれ、濁眼は活動を止めた。今はそれで良しとすればいい。砂漠上空の澄んだ風が二人の間を抜けて行った。
◆タマウとコットス。……浮葉浮上の翌日。
タマウはうっすらと目を開ける。意識はふわふわとして、定まらない。何か喋ろうとするが言葉にならなかった。ふと、思い出して右腕を見る。肘から先が無い。彼女は小さく思う。
(そっか。)
腕は失われた。永遠に。タマウは理解していた。あの時、腕を失い血を流す事は必要だったのだ、と。自身の血の中にある王の血族である証が果実を起動させたのだ。単純な言い方をすると、運命だったのだ。あの狂った街人がハルを襲い、自身が傷を追うことは。星神の導きと言ってもいい。或いは星神の思惑にのせられているのかも知れない。いずれにしても一旦は決着したのだ。砂の果実の探索に絡まった運命達は。
ここはウキハ内部の小さな部屋だ。コットスが彼女の為に、治療室として用意したものだ。ベッドやテーブルなど必要最小限の家具しか設置されていない。彼女のベッドの傍らにいたコットスがタマウの覚醒に気づく。
「数日は意識が戻らないと思っていましたが、流石はトマの姫君だ。」
タマウはぼんやりとコットスを見ている。コットスはふふふと笑った。
「もう少し回復したら全てを話そう。今はゆっくり休んで下さい。」
タマウはコットスの言葉を聞くやいなや、瞳を閉じて、静かに寝息を立て始めた。今、浮葉は王都サザに向かっていた。コットスの判断だった。ウキハにはギルド月雲によって、非常用の食料が隠されていたがそれも数日分だ。クレイフの人々の日々の生活を支える事は出来なかった。どこかで、食料や燃料などの生活必需品を調達する必要があった。また、ウキハに潜むラーダンモールを殲滅するための戦力が必要だった。大量の食料と戦力。熱砂の国サザでそんなものがあるのは王都を置いて他にはなかった。
問題は、どうやってウキハを動かすのか?だった。泉の翁が果実に命令した時は、問答無用で攻撃された。浮上直後の混乱が収まった時、果実の部屋には誰もいなくなった。果実に恐怖したのだ。あれほど、皆が探し求めていたのに、おかしなものだ。コットスは果実の部屋の大げさな両開きの扉を押し開いて、砂の果実と対峙した。果実は蒼く煙る光を踊らせ一本脚のテーブルの上で佇んでいる。コットスはまっすぐ偽り無く、果実にサザへの移動の必要性を伝えた。予想に反して果実は賛成し、王都サザへの移動を開始したのだ。2つ返事だった。恐らく、果実は血脈を持つ者の権威を守るのだ。血族以外の者を敵視しているわけではないのだ。現状から判断すれば、という事だが。
コットスは回想から戻り、目の前の痩せて小さな……右腕を失ってしまった……姫を見た。いつの間にか微笑んでいる自分に気づき、問いかける。
「……ホラン。私は生きていくよ。この街を守り甦らせる。苦情は暫く待っていてくれ。」
コットスは立ち上がる。砂漠には不釣り合いなスーツをいつも通りに整える。眼鏡を直し治療室から立ち去る。衛兵とギルド月雲のメンバーが仲良く部屋を護っている。そうだ。これが新しい形なのだ。ここから新しい街が生まれて育つのだ。コットスは歩いて行く。岩の塊であるウキハの中に靴音が高く響いた。
……そして、時間は少し進む。




