2.砂の果実。 ウキハ。 5
……浮葉を起動。」
砂の果実は遂に目覚め、美しい蒼の光をこぼれさせながら、その超常を発揮した。ウキハ最奥の部屋で混乱の極致にいた街人は突然、蒼い光に曝され今度は畏怖の念に捕らわれ硬直した。街人は唐突に沈黙した。その静寂の中で、
「私はぁっ!諦めない!為すべき……ことを……な
タマウは叫び、そこで意識を失った。ハルが再び止血の術を執り行い、タマウの命を繋ごうとする。コットスはひび割れた天井を見つめながら、声にならない叫びを上げ続けていた。砂の果実だけは、冷静に事を進める。
「浮葉の起動範囲を指定してください。」
だが、タマウは意識を失っており、回答しない。にやりと笑うものがいた。泉の翁だ。
「では、私が命じ……
蒼い稲光が走り、翁を直撃した。翁は昏倒する。だが、誰も翁には注意を払わない。
「血脈を持つ者を騙る事は許されません。証を持たぬ者にラコルムの根幹を触れさせる事はありません。奈落への墜落を避ける為、退避行動に移ります。最終起動時の条件を採用します。」
果実は一瞬で翁の事を忘れ、自身の役目を果たす。果実の上の何もない空間に映像が映し出された。砂漠の街クレイフと、それを取り囲むように存在する岩棚ウキハが映し出される。その大部分が赤枠で囲われ、上矢印と上昇の文字が表示された。タマウの止血を終えたハルが、それを見て驚きながら呟く。
「何これ……。」
◆
物語の時間軸は揃った。告げ鳥は破裂して悪臭を撒き散らし、濁眼は奈落へと落ちる。ウキハの上では、天為が意識を失い倒れ込み、高坂が起き上がろうと震える足で踏ん張った。果実はその力を解放させて、浮葉を浮上させた。
「まじか、これ。」
高坂は肉体の苦痛も忘れ感嘆した。ウキハが浮かび上がって……いや、砂漠が浮き上がっていた。10キロメートル以上もある巨大な葉状の大地が浮かび上がっていた。これまでウキハと呼んでいたものは、そのヘリ部分にある出っ張りに過ぎなかったのだ。浮葉は500メートル程上昇し、停止する。浮葉が抜けた穴が更に崩落を加速させ、平和だったはずの砂漠街クレイフはボロボロに崩れて落ちていった。それは更なる崩落の呼び水になり周囲数10キロメートルに渡る大きな崩落穴を誕生させた。嗅いだことのない香りが高坂を包む。死と衰弱と生と活力が破綻することなく共存していた。終わりと始まりが混在していた。まだ、倒れたままで浅く息をする天為を見つめて、呟いた。
「……なぁ。その時が来たら、お前はどう判断するんだ?」
天為の選択は、始まりか、それとも……
◆
ウキハ最奥の部屋に悲鳴が響く。
「ラーダンモールだ!まだウキハに残って居るぞ!あちこちで街人を襲っている!!」
ハルはぞっとなった。ホランは死んで、コットスは抜け殻だし、天為も高坂も何処にいるのかわからない。翁は倒れたままで、誰がこの狂騒に立ち向かえるのだろうか?ハルは体の中から急速にマイトが消えていくのを感じていた。所詮、一時凌ぎの賦活だ。そろそろ反動がくる。では、誰がこの街人達を守るのか……
がしゃん!
何か金属か打ち鳴らされる音が部屋に響く。
がしゃん!がしゃん!がしゃん!
ハルは驚いて音のする方へ視線を走らせた。鎧が、剣が盾が煌めいていた。松明が掲げられブーツが打ち鳴らされる。男達が、女達が覚悟を決めて立ち上がろうとしていた。誰も何も言わなかった。言葉はなかった。だが、皆理解していた。
(……余所から来たガリガリの姫様が命を懸けて立ち上がろうとした。無関係の砂の国の為に。)
そうだ。そうだな。人々は静かな情熱の湧き上がりを感じて、溺れてしまわないように行動を起こした。自然と人々は役割を見いだし、組織としての行動を始める。武器を配るもの、最新の戦場に向かうもの、武器を取り出すもの、防御線を張るもの、皆、必死だった。誰のせいにもせず、ただ、それぞれが守るべきものを守ろうとした。叫びながら盾を取り、剣を構えて立ち上がり、走り出していく。その中には、元衛兵もいたし、ギルドメンバーもいた。ラーダンモールよりは確かに弱いが士気は負けてはいなかった。これは誰の街だ?これは誰の命だ?わかりきった話だ。では、この戦いは誰の為のものだ?誰かが叫んだ。
「クレイフの為に!!」
その鬨にも似た誰かの絶叫をきっかけに、街人はラーダンモールと突撃した。
狂気と混乱の中で、皆、為すべき事を為そうとしていた。




