2.砂の果実。 決戦。 4
(……落魂か?鯨は死んだな。)
ボウモアは嘲笑う。彼女は地下道を進んでいた。地上の部隊は囮だ。彼女は、少なく少なく見せていたが、そもそも、6000を超える軍勢で地下道を進む事は困難だ。ボウモアは、速度が落ちる分を地上に逃がしていたのだ。残り1000の彼女達は地下を進んでいた。ボウモアは笑う。その美しい唇を歪めて。透き通る肌に少しだけ、朱が差す。
「死ねばいい。みんな。死ね。死ね死ねしねしねシネシネシネ……。」
心底楽しそうにボウモアは微笑み、呟いていた。彼女を女王とする不生の軍勢は密やかに地下道を進む。地下道は瓦礫に覆われ、ウキハまで到達する事は敵わないかのように見えたが、ボウモアの術により、呆気なく除去される。灰色の軍勢は進む。狂気の女王を戴いて。
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軽やかに何気なくステップを踏んで、濁眼の聖騎士はえぐり取られた大地の窪みから地上へと戻った。彼の背後では、大地が嘆き軋んで悲鳴を上げていた。そして、割れて崩落する。遥か遥か下層の奈落へと。彼の背後では何もかもが死に朽ち果て、消滅していく。これまで400年もの長い間、旅人を、冒険者を、街人を受け入れて育んできた、クレイフが死んで消え去ろうとしていた。
「……何だか懐かしいよ。」
天為は、場違いで感傷的な言葉を零す。優しく。だが、彼は立ちはだかっていた。震えもせずに、かの神々の感覚を持つ者の前に。
「どこかであったか?」
聖騎士は返した。だが、天為は返さない。
「あの時もそうだった。結局、全ては堕ちてしまったっけ。」
濁眼の聖騎士は、白濁した瞳で天為を睨み、眉を引き上げたが、何も言わなかった。ただ、歩いて天為の横を通り過ぎ……天為の右手が差し出される。濁眼の聖騎士は進路を阻まれた。聖騎士は忘れてしまっているが、彼にはそうする理由があった。勝ち負けではなく、恨みなんかでもない。ただ、そうするしかない感情が彼らの中にあるのだ。それを知らず濁眼の聖騎士は、一瞬、感情が揺らぐ。彼は、眉間のシワを深く濃くしたが……それはすぐに戻り……彼はただ、口の端を引き絞り笑った。
「邪魔だ。」
濁眼の聖騎士は、左腕を振るい、圧縮されたマイトを、目に見えぬ刃を放った。それは、天為という無力なただの人を切り刻み、肉片に変えて大地にばらまく、筈だった。傲慢が唯一の弱点である濁眼は、碌に相手の力量を見る事さえせずに攻撃を行い、それが回避された事にさえ、気づかなかった。
外した?……どこへ行った?
ふわり。中空5メートル。天為は浮かんでいた。全ての無刀を交わし、それを踏み台にして飛び上がったのだ。軽やかに。彼は世界の均衡に到達しているとき、マイトの上に立つことが出来るのだ。世界に揺らめくマイトの密度の差を見切り、足蹴にする。そこを駆け上がるなど、容易い。
天為は呼雪を振るう。それは、砂漠の大気を凍らせる魔性の太刀筋。はじける氷片は魔力を帯びて、濁眼を眩ました。聖騎士の瞳は魂だけを見ることができる。魂で周囲が覆い尽くされると、閃光に目がくらむ人のように何も見えなくなる。何も出来ないのだ。また一瞬、眉間のシワが深く長く伸び、そして、消える。呼雪から放たれた剣戟が濁眼に降り注ぐ。右手を振るい全てを弾いた。天為の太刀筋は濁眼には、届かない。
ぎぃぃぃぃ。
と、濁眼は笑う。思い出した。成る程。奴だ。マイトの薄い、輪郭が滲むあの男だ。あの日、あの場所で命乞いをした……
「思い出したぞ。貴様か。だが。もう、忘れる。」
そう、彼には時間がなく……力があった。誰かを何かを気にする必要はない。不要であれば滅ぼし、必要であれば、助ければ良い。天為は中空から地上へと、落ちている途中だ。だが彼は、聖騎士の太刀なら全て受けきれる。天為はそれだけの鍛錬を積み、実戦を越えてきた、が。でも、しかし。
……濁眼の聖騎士は12の指を天にかざし、そして、振り下ろした。
天為の片足が砂を捉えた瞬間、落魂も着地する。天為が素早く呼雪を構え、濁眼と向き合った瞬間に九つの光柱が渦を巻き収斂し、天為を通り過ぎた。縛炎が巻き上がった。




