2.砂の果実。 決戦。 2
……ひゅおおおおぅ。
大きく風が舞った。その風の声に誰しもが振り返り注目した。何だろう?何の風だろうか。
ウキハの中心部、一本足のテーブルがある大広間で、ラーダンモールの軍勢に恐怖し、最奥のこの部屋になだれ込んできた街人にもみくちゃにされているコットスでさえもそれを感じた。街人に押し倒され、踏みつけられているタマウも感じていた。ウキハ正門上部にいるホランも、ウキハの至る所で街人に埋もれている衛兵や月雲のメンバーもそれを感じていた。当然、霧のボウモアも。
……風?風が吠えている。
美しい彼女の周囲をみっしりと囲むラーダンモールも何かを感じているようだ。周囲を探ろうとするボウモアより早く、風が変わる。風は一瞬で暴風となり、雄叫びは絶叫となった。ハルは術の完成に会心の笑みを作る。呼雪で世界を切り開いた天為は……叫ぶ。
「ごめ!ごっ!めんな!さっあああああぁぁい!!」
天為は砂漠に身を投げ出した。ソレから逃れる為に。ソレは幅30メートル、長さ1キロの巨大生物。このコナゴナになった世界で、真に恐れられる存在。九害の一つ。
「鯨か!!鯨を召喚したのか!」
ボウモアは叫んだ。ボウモアは愕然となった。そんな事が在るのだろうか?ヒトが鯨を従えて呼び起こすなどと言うことが。だが、いずれにしてもボウモアは立ち止まらない。作戦は続行中だ。鯨であろうとこの作戦は邪魔させない。
「進め!ウキハを落とすぞ!」
ボウモアは命令し、ラーダンモールはそれに従った。
ハルによって召喚された鯨は怒り狂っていた。ソレは、透明な筒状の身体を持ち、大口を開けて飛行する狂気の生物だ。口から喉、胃、腸と全ての器官にサーベル状の牙が生えている。ほぼ、不可視の鯨はうねりながら、ラーダンモールの軍勢と激突した。砂漠を削りながら一気にラーダンモールを飲み込んで行く。一瞬で数百の軍勢が鯨の体内に落ちて、鋭く長い牙で切り刻まれた。鎧も剣も太古の呪術も無意味だった。それは裁断されて、肉塊と化す。
「……あの時の鯨、か。」
天為は一人納得した。もしまだストクフが生きていたら彼も納得しただろう。自分達を襲った鯨が獲物を仕留め損なったにもかかわらず、あっさりと姿を消した事に。当然だ。ハルが捕らえてしまっていたのだ。
「襲え!」
ハルは両手をかざし、鯨を操る。ハルの手の動きに合わせて、鯨は砂漠の空で踊り、ラーダンモールを襲う。自由意識で身体を動かせないと知った鯨はますます、激昂し、吠える。振動で世界が揺れる。クレイフの古い建物が鯨の声で崩れる。5000はいたラーダンモールは一分も立たない内に、1000を切っていた。
「あとすこぉーし!」
汗だくで息を切らしながらも、ハルは精一杯、鯨を操った、が、鯨が吠えた。これまでで最大の声で。天為もハルも身体が浮き上がり、倒れ込む。ハルは血の気が引いた。術の感触がない。鯨の支配が途切れたのだ。術が破られた。どうして?術は完全だった。例え「世界を貪る者」であろうと、完全な支配から自力で逃れる事は出来ない筈。
「……そんな。どうして。」
汗だくでローブをはだけているハルは、砂地に両膝をついた。これではラーダンモールを殲滅する事ができない。ましてや、怒り狂った鯨はどこに向かうのだろうか?あの大きさであればウキハを崩すことも出来るだろう。今からもう一度、術にかけるか?出来ない。もう、マイトが残ってない。あぁ、鯨はどこに向かう。あああ、それは駄目だ。駄目だ駄目だ。
「行け!ハル!ウキハに向かって走れ!直に果実は起動する。行け!」
状況を理解出来ず、茫然自失のハルは、ふらふらと天為の声に従う。立ち上がり、歩き始め、走り出す。天為は彼女を見送った。そう、心頭滅却を行い世界と繋がっている天為には見えていた。何が起こっているのかを。彼らの遥か前方で鯨は大怪我を負っていた。頭部がめちゃくちゃに切り裂かれていた。その苦痛と頭部へのダメージが術を崩したのだ。鯨は苦痛に身をよじりながらも自由を悟り、垂直に上昇した。そして、雲の上に抜け出した鯨は大きく弧を描いて向きを変える。そのまま大地に向かい、落下する。致命的なこの傷を負わせたその男に向かって。螺旋を描き、錐揉みながら突撃する。ラーダンモールの軍勢の最後尾にいたその男は、体長1キロメートルの巨大鯨が自身に襲いかかってくるのにも動揺せず、口の端を引き絞り……笑った。
……ぎいいいいぃ。




