2.砂の果実。 決戦。 1
うぐぎぎぎぃぃ……
ハルは四股を踏んだ状態で、眼前に現れ始めている異界との扉をこじ開けようとしていた。だが、彼女の細い腕では、開けない。天為もそこに加わるが、血を流し体力を消耗し尽くした天為では大した力にはならない。そもそも、そんなに力がある訳ではない。高坂ならともかく。
「つかさ、この術何で最後が力技なの?」
時間的にも体力的にも余裕がないのに天為は軽口をきいた。この術の最後の印は両手を左右に広げ、異界との扉を開く事にあった。それさえ出来れば、術は完成する。ハルは睨んだだけで答えない。そんなヒマはないのだ。この術にかかっているのだ。この決戦の帰結は。とにかく、この扉を開きさえすればいいのだ。だが……。
(だめだ、無理かも……。)
ハルも諦め始めていた。もう、腕が痺れて感覚がなくなって来ている。力み過ぎて、意識が薄くなり始めている。天為も必死に力を貸すが、今回の破気影檻の術は強力過ぎて、完成させられない。じわじわと前方のラーダンモールの軍勢は大きくなって行く。淡々と進軍してくる。あれがウキハに到達してしまったら……全てが終わってしまう。
(くそ……。)
天為は、血を失い衰弱し、身体中の怪我の痛みで意識を集中する事が出来なかった。心頭滅却さえ出来れば、無限の精神世界で、全てを組み立て直す事ができるのだが。それは、解っていた。解っていても出来なかった。熱が出ただけでも心頭滅却は完成しない。これだけの怪我を負っていては、到底……駄目かぁ。
「天為くん、頑張って!ハルもふぁいと!」
爆発するようなエネルギーが脊髄から直接、体内に雪崩れ込んで来た。身体が燃え上がる。
「セツナ!」
姿を隠していたセツナが現れ、彼らに賦活の術をかけた。美しく小さな妖精だ。しかし、セツナはそのまま砂地に落ちた。小さいながらも美しい羽根が砂まみれになる。
「……ハルの事頼みましたからね。天為くん。私これ以上、もう……」
そのまま、セツナは意識を失った。天為は大きく息を吸い込み、そして吐き出した。急激に世界の回転は遅くなり、天為の意識は駆け上がる。天為はセツナを見つめた。このぎりぎりまで、手を貸さないなんてよっぽど嫌われてんのかな?ふわっとわいた雑念は、そしてそのまま、漂い消える。全ての感情は湧き上がるまま湧き上がり、漂いたいように漂う。何物にも心とらわれることなく意識は研ぎ澄まされる。ただ静かに精神は加速する。そして、究極の集中状態に達した天為の前で、世界の動きは止まる。
……いつの間にこんなにマイトを失っていたんだ?セツナは。彼女が翼を持つ小さき者であるなら相当に強いマイトを持っているはずなんだけど。いつそこまで消耗するような術を行使したのかな?ひょっとして、俺達に出会う前……か?
天為は、暫し本題を忘れセツナに想いを寄せたが、直に戻って来た。今は、この破気影檻の術を完成させる必要がある。だが、自分の腕力では無理だ。
……さて。
無限の精神世界で、天為はハルが開こうとしている異世界との繋がり……空間に出来たひび割れを見つめた。はっと気づいた。
切れるぞ、これ。
優れた剣士は自分に何が切れて何が切れないか感じ取る事ができる。心頭滅却の天為に至っては、その切るべき場所さえも見る事が出来た。この世界のありとあらゆる物には隙間があるのだ。そこに刃を通せば何でも切れるのだ。大木も石も鉄も。天為にはその世界の亀裂に隙間が見えた。今、十分に魂を呑み込み、長く薄く延びているこの呼雪であれば、切り開くことができる。
かはははは。
天為は笑った。セツナを掬い、ハルのフードに放り込み、ハルの斜め後ろに構えた。そのまま、
とん。
天為は中空に舞った。呼雪をゆったりと大きく淀みなく振るう。砂漠の乾いた大気に氷の輝きが舞う。隙間を呼雪が通り抜けた。
……うおああああっ!!!
ハルは復活した全ての力を扉のこじ開けに注ぎ込む。そして……遂に。
かしり。
と、世界が割れた。ハルの目の前の世界の亀裂は一瞬で、大きく広がり、直径数十メートルの大穴となった。
こうして、砂漠での果実を巡る物語も漸く最後の角を曲がった。でも、まだ、視界は開けない。




