2.砂の果実。 果実。 20
「コットス……月影の主よ!永らくクレイフの裏の顔としてこの街を治めた事務屋よ!なんだこの茶番は!ああ、確かに今、貴様が持ち帰ったものは完全世界の遺物だ。確かに砂の果実である可能性は高い。確かにフィンドアの魔人との戦いには勝利した。で、どうするのだ?貴様がおびき寄せてしまった、あの不気味な灰色の軍勢は?追い払えるのか?戦いで失われた街は?頻発する崩落はどうするのだ?結局何が出来るのだ?何をしようというのだ、貴様は?」
泉の翁は、満足気にコットスを罵る。全てが完結して、自分達は助かると期待したこの部屋の怪我人や老人達も同意して、同調した。まるでこの状況の全ての原因がコットスに在るかのように、罵声と野次が波を打った。が、コットスは聞いてはいなかった。そもそも自分は裏の顔であり、街を救うのは表の顔の翁の仕事だ。更に現状を厳密に言うなら、この果実をここに届けようが届けまいが同じなのだ。果実が届いた分、まだましだ。その使い方が解らなくても。が、街人達は不安の捌け口を求めていて、翁の誘導に乗ってしまった。下品な罵声が続く。でも、しかしコットスは翁に言い返す事はなかった。コットスの目的は泉の翁を言い負かすことではなく、クレイフを救うことなのだから。
(……なんだ?どうした?完全世界の遺物であれば、使用者の意向に寄り添う筈だ。遺物の使用方法がわからなくとも、遺物の方から、使用して貰えるように寄り添う筈だ。何故、何も起こらない?)
そう、コットスの認識に誤りはなかった。完全世界の遺物は「使用者」がその使い方を理解していなくても使えるように設計されているのだ。使用されること、それ自体が遺物の目的なのだから。が、なのに何故?何故、果実は沈黙したのだろうか。
ウキハの最奥にあるこの部屋の不満が爆発して波を打っている。老人達が怪我人達がコットスを責め立てている。あれほど恐怖していたコットスに対して。それは、この部屋の狂気を表していた。街人の興奮にコットスは苛立ち、それを疎ましく思い、血塗れの恐怖でこの部屋をコントロールしようとしたその瞬間、
「では、戦いましょう!果実があろうがなかろうが、それが機能しようがしまいが、敵を全て退ければ、関係有りません!この部屋の叫びは意味を持ちません!戦えばいい!あなた達の生も死も皆、自身で選択するべきです!!」
それは、自国が滅ぼされ、国民の死をその痩せた背中に背負い続ける亡国の姫君、トマの涙の本心だった。そう、彼女はその後悔がもたらす苦痛から、逃れたくて逃れられなくてここで身をよじり、魂の苦痛を吐き出していた。それを見透かした泉の翁が彼女の心を抉る一言を、言い放
「行けばいい!走ればいい!部屋の外に剣ならいくらでもある!この部屋で何を叫んでも意味はありません!行きましょう!私は行きます!」
翁と涙の視線がぶつかった。単純な思いの熱量の違いに翁は押し戻された。彼女の熱意は干からびた翁の両目から真っ直ぐ魂の奥底まで入り込み、押し倒した。翁は気迫負けした。彼の舌は干からびて上顎に張り付き、言葉は霧散する。
タマウは走り出した。部屋の外に向かい。その瞬間、コットスは理解した。果実が沈黙した理由を。それは、朝を迎える直前の砂漠を漂う湿った朝霧のように、緩やかで確実な希望だった。
(あぁ、あぁ。そうだ。そうであるべきだ。出会いとは、共感とはそうあるべきなのだ。運命とは、そう。)
コットスは希望に胸を踊らせて……街人が部屋になだれ込んで来た。ラーダンモールの軍勢に恐怖し、この最奥の部屋に逃げ込んで来たのだ。コットスの確信はタマウに届けられればないまま……二人は街人に飲み込まれていった。
あぁ……後、一秒全てが早ければ、何もかも違っただろうに。




