2.砂の果実。 果実。 18
そして、天為はラーダンモールと激突した。極端に移動速度の速い切っ先となる部隊との遭遇だ。その数、100。天為はラーダンモールの先の先の先を読み、呼雪を振るう。灰色の兵士達の攻撃を正に紙一重でかわし、呼雪を踊らせる。それは張り詰めた冬の空気の中を静かに降りてくる雪の欠片のようにふわふわとゆらゆらとたゆたう太刀筋だった。捕まえる事もかわす事も出来ない呼雪の刃は次々と兵士達を捉え、切り裂き、この世界から切り取って行った。一瞬で10体のラーダンモールがバラバラになって宙を舞った。また10体、砂に倒れる。
……何時まで保つかな。
天為は、呟き、冷たい汗を流した。戦況の先の先を見る天為には既に自身の死期が見え始めていた。ただ、先陣の全ての兵士が天為に襲い掛かる訳ではなかった。一定数は彼らを迂回して、ウキハに向かう。天為はそれを無視した。あくまで彼の目的は時間稼ぎ。ハルの術が完成するまでの繋ぎだ。彼女の術で、敵を殲滅できればいいのだ。天為はハルを守りながら、必要以上の敵を引き付けないように戦う。そこにしか生存機会はなかった。更に10体倒した時、天為は体力が保たない事を悟った。砂地での戦いが彼の体力を想像以上に削った。そもそもクレイフからここまでの道のりを走り通して来ている。体力が続かないのも当然だ。天為が予測する未来がぶれ始める。今まではっきりと見えていた兵士達の動きがぼやけ始める。足の踏ん張りが効かない。もつれてよろける。ラーダンモールの刃が掠める。一回、二回、と。辛うじて致命傷を避けた天為は気力を振り絞り、体勢を立て直す。
……かくん。
膝の力が抜けて、片膝をついた。敵の爪が天為を掠める。一掻き、二掻き、そして、三掻き、四掻き五掻き六掻き……天為は転げ回り、這いずり回って刃を爪を牙を回避しようとした。だがそれは、一撃毎に深く長くなり、彼から血と集中力を奪った。肉体へのダメージが天為の精神を追い込み、遂に心頭滅却を破る。世界が爆発するように加速した。天為はラーダンモールの群れに飲み込まれて……いなかった。先陣の兵士は全て左右に分かれてウキハに向かった。そう。ボウモアがその様に命令していたから。(ウキハに向かい、果実を奪え。)と。途中の敵を皆殺しにする事は命令にない。倒れた天為に様は無いのだ。
ズタボロで砂に埋まり、血を流す彼の目の前には再び砂漠が広がっていた。だが、風景は以前と違う。ラーダンモール本隊が迫って来ていた。月色の美しい瞳が見開かれる。あれに飲み込まれてしまっては、助かる見込みは無い。
「ハル!ごめん!時間がない!すぐに……
天為は言葉を続けられなかった。ハルは先程……地下道で……見せた四股の姿勢をとっていた。つまり、同じ術を使うのだ。だが、破気影檻の術などでは5000もの軍勢を打ち破る事は出来ない。天為は絶望に飲み込まれて……いや、あれ?
おい。おいおいおい。なんだこれ?何が始まるんだ?
ハルの指は、彼女の眼前に現れ始めている空間の亀裂に差し込まれていた。ハルは必死の形相でその亀裂を広げようとしている。天為はその瞬間にハルのやろうとしている事を理解して、叫んだ。彼にしては珍しく縋るような祈るような響きがその声の中に含まれていた。
「開けばいいんだな?そうだろ!」
それは、正に命をかけた祈りの言葉だった。




