2.砂の果実。 果実。 17
その感覚は、知っている者は知っている感覚だ。格闘。格闘をスポーツとして行っているものは大まかにその感覚を理解しているだろう。だが、完全に理解出来るのは、死に直面した者だけだ。例えば、車で交差点に突入した途端に信号無視の車に横から衝突されたことはないだろうか?自転車で歩道を走っている時に横道から、車に追突されたことは?あの瞬間を知らないだろうか?突然、死が現れ肉薄して頬を舐める瞬間を。一瞬、時間が止まり、徐々に動き始めるあの瞬間を。
天為はまさにその瞬間にいた。大きく息を吸い込み、吐き出した。ぎしりと世界は軋み、その動きを止める。相対的に。
……心頭滅却。
全ての雑念が置き去りにされ、極限の集中が訪れる。精神は限界まで加速して、永遠と併走するのだ。天為は呼雪を抜き放ち、力みなく構える。その瞳は冷たく凍りつき、世界を冷静に見据える。本隊から突出したラーダンモールの一部隊を見る訳でも、3000を遙かに越えて地上に湧き上がり続ける本隊を分析するわけでもない。天為は全く別の存在を見据え、対策を練った。
……か。けけけけけけけけけ。
それは、天為の瞳の奥で笑う。天為が心頭滅却する度にそれは話かけてくる。セツナがノードと呼び
、天為が痣の男と呼ぶその存在も天為が遠く見据える存在を感じ取っていた。
……なぁ、で、どうすんだ?無理だろこれ?また、あの時みたく、命乞いでもしてみるか?足元にしがみついて。でもなぁ、あん時見逃したのはただの気まぐれだせ?てめぇが無価値だったから、だ。今回はどうだろうなぁ。
全てを受け入れた状態の天為は、痣の男の言葉に動揺する事はなかった。
逃げられないなら戦うよ。明日が俺に様があるんなら生き残るだろうし、用済みなら……死ぬ。それだけの事だろ。
天為は時が止まった精神世界で痣の男と会話する。その世界では痣の男はいつも氷壁の向こう側にいた。灼けるように冷たい氷壁に両手を付き、白目と黒目が逆転した瞳で天為を睨む。
……かぁっこ、いいねぇ!!天為ちゃん。素敵!惚れるわ!楽しみだよ俺は。てめぇのそのスカシタ態度が崩れてめちゃめちゃに泣きながら命乞いを始めるところを見たいねぇ!!どうだ?また、見せてくれよ?自分一人だけでも助けてくれって、命乞いしろよ。なぁ?なぁ!!か。けけけけけけ。
微かに天為の心はさざ波を打ったが、それだけだった。狂笑に包まれる痣の男の顔を見ても天為の心は大きく乱れる事なく、心頭滅却を維持していた。
かはははは。
天為はからりと笑った。
俺とお前は文字通り、一心同体だ。泣きながら命乞いするのは、お前かもしれないよ。俺も楽しみだよ。最後の瞬間が訪れるとして、その時、俺達がどうなるのか。誰が泣いて誰が笑うのか?それを知る時がとっても楽しみだよ。
痣の男のニヤニヤ笑いは止まり、表情無く天為を睨んだ。天為はそれ以上、痣の男に構う事なく、振り返った。氷壁と痣の男に背を向ける。彼が向き合うのは、内面世界ではなく、外の世界だ。コナゴナになったと言われる、死にかけた世界だ。
砂漠の砂に乗って、ラーダンモールが押し寄せて来る。天為は加速して、外の世界に接続しラーダンモールと対峙する。現実世界の彼の背後にはハルがいた。強力な術を行使するためにマイトを整え、式を唱えた。後は印を切るだけだ。その直前、ハルは天為に話かけた。
「本当にラーダンモールと戦う気?正気なの?死ぬかもよ?」
かはははは。
と天為は笑う。
「最初っから正気じゃないよ。俺はとっくに狂ってる。」
冗談なのか強がりなのか……或いは、本気なのか判断つかず、ハルは彼の言葉を放置した。再び術の行使に向けて印を切り始めたハルは天為の呟きを聞き逃した。
……死ぬのも悪くないと思うよ。独りだけ生き残る位なら……




