2.砂の果実。 混戦。 7
その衛兵は目の当たりにした。絶対者であると信じていた、熱砂騎士団団長ガンウェルの死を。恐怖と崇拝の対象であったその男の死を目撃した。衛兵の表情から、狂気じみた気迫が抜けて、真顔になる。衛兵は叫ばす、取り乱さず、冷静に行動した。振り返り戦場……つまり、この砂漠の田舎町であるクレイフ……から、逃げ出した。ガンウェルの死を目撃した。それを目撃した衛兵は複数いたが彼らは皆、同じ反応だった。同じ行動を起こした。そう、絶対者であるガンウェルが死んだのだ。敵わなかったのだ。戦いは終わったのだ。全ては決着し、決定したのだ。もう、挽回の余地はない。後は自分の命を守るだけだ。彼らは街を見捨てて逃げ出す過程で、必要な者達に事実を伝え、クレイフからの脱出を促した。本当に親しい仲間、家族、友人、恩人に。それは、多少の混乱は含まれていたものの、恐ろしい程に冷静で見事な大脱出だった。それだけ、ガンウェルは絶対的な存在だったのだ。個々の動きであった街人の脱出は、街から一旦離れた後、収斂して、大きな黒いうねりとなった。そして、それは、ウキハへと続く。ゴート達の追撃は散発的で、威嚇の範囲を超えなかった。
「……一旦、戦いを区切る。主要な建物を占拠しろ。街を巡り残存者を捉えろ。明日、岩壁に逃げ込んだ者達と交渉する。」
衛兵達の……ガンウェルの……根城の門前でストクフはこの夜、最後の指令を出した。脇に抱えた薙刀越しに滲んだ月を見上げる。何故か故郷に浮かぶ腐った月を思い出した。戦いで荒廃したクレイフと腐敗した故国フィンドアとの間に死という共通点を見つけたのだ。
……上手くいった。いや、ここからか。
ストクフは僅か一瞬、瞳を閉じて……開いた。見上げる。世界を。そうだ。故国から、皆を導かなくてはいけない。そうだ。我々は、死なない。滅びない。ララコの呪いには、決して負けない。生き残るのだ。例え、他の誰が滅びようとも。そう。
……我々は、生き残る。
ストクフは静かに誓った。これまで、ララコに滅ぼされた全ての魂に。腐ってしまった全ての大地に。元は清浄だった全ての風に。そうした全ての失われたものに彼は誓った。取り戻し、悪臭を追い払うと。全ては全てのあるがままに環すのだ。
……だが。
ああ、だが……だが!そう、それではだめなのだ。それでは、ララコと我々の差はない。ああ。そう。この行いは、次の憎しみを、次のフィンドアを生み、腐敗させるだけなのだ。ああ。でも、そう
知っている。
そう。ストクフは知っていた。これでは駄目だと。でも、じゃぁ、どーすんの?ねぇ?あぁ?どうすればいい?ねぇ!!!ぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!
「もうすぐですね。」
ウーは囁いた。ストクフの心臓は止まる。あ、あぁ。そうだ。何を悩む?今頃。今更。おいおい。落ち着けよ、旅団長殿。ストクフは大きく息を吸った。わかりきっている。我々が死ぬか、ほかの全てが死ぬか、だ。それだけ。そうだ。単純に考えろ。私は、ウツワではない。王や神族ではない。ただの武人だ。単純に、単純に。そうだ。そうでなければ、あ……ぁ。そう。私は、死んでしまう。いや、ちょっと待ってくれ。これは俺か?違う。俺ではない。私、だ。先程の戦いで魂が交錯し、変質したのだ。純粋な私ではない……とは言え、これは私だ。あぁそう。そうなのだ。いや違う。違わないのだ。これは私ではない。全くの自分だ。いやいやいやいや、狂ったのか?違うだろ?私は、俺で、
……ストクフ様。ご指示を。」
苦しみを突き抜けたウーの声が漸く、ストクフをこの世界に戻した。ストクフは彼の声に生まれて初めて空気を吸った赤子の気持ちがした。そう、やるべきことがある。ここで、投げ出すことはできない。
「最小の見張り以外は休ませろ。明日、全てを決する戦を起こす。」
ウーは満足げに笑い……闇に溶けた。あぁ、残念。そう、ストクフの思いとは別に、既に戦いは、私怨に染まっていた。でも、それでも……
……そして、血みどろの大混戦は終結したのだ。夜が明ける。




