2.砂の果実。 開幕。 17
いつの間にか、クレイフに日は落ちていた。
天為達がウキハに潜入した日が終わり、夜が始まった。彼等はまだクレイフに戻っていない。砂漠の夜にしては珍しく、気温が下がらない。空気は腫れぼったく、蟠っていた。歪んだ月が登り、ぼんやりとクレイフを照らし出していた。風は凪いでいた。空には曇も星も無くただ、月が淀んでいた。月が見下ろすクレイフの街は悲鳴に包まれていた。遂に始まったのだ。戦いの幕は開いたのだ。
「ゲリラ戦?本気で言ってんのか?街の中で?ああ?なぁ、マジで言ってんのかつってんだろーが!」
ガンウェルは激昂し、会議室のテーブル蹴り飛ばし、可哀想な報告者を恫喝した。報告者が肯定する素振りを見せるとガンウェルはテーブルを叩き割った。
「戦争じゃねーのかよ!ゲリラ戦?ただの殺し合いしてどうすんだよ?ああ?決着しねーだろが!」
彼は、ガンウェルは粗暴で自己中心的で快楽志向のはみ出し者だった。だが、彼の中にも彼の経験に基づく正義があった。欲しい物は手にするし、気に入らない奴は殺す。皆、好きなようにすればいい。力のある奴は幸せに、無ければそれなりに生きていけばいい。国が欲しいのなら、兵を起こし、戦争すればいい。だ、が、テロやゲリラ戦は論外だ。それは個人の憎悪しか生まない。それには勝利も、終焉も無い。一度始まってしまえば、全てが滅ぶまで終わらないのだ。ガンウェルは悪人だが、正規の軍人で、部隊を率いる立場だ。多くの戦いの歴史を学んでいる。例え狂王が世界大戦を起こしたとしても、王が死に軍隊が消滅すれば戦いは終わる。所詮は陣地取りなのだ。だが、テロやゲリラ戦、宗教戦は終わらない。それらの戦は個人が恐怖に変容し、憎悪を育て狂信して、全員が死ぬまで終わらないのだ。それは世界を滅ぼしかねない事象なのだ。世界を貪るものの一つなのだ。
……喧嘩なら、個人でやればいい。どこの路地裏だって貸してやる。
テロやゲリラ戦を仕掛けなくてはならない状態になった時点で、終わっていると言うのが、ガンウェルの見解だ。戦争に負けているのだ。国同士の争いではない。国と恨みを持つ者との争いだ。着地点は決まっている。戦地の崩壊。崩壊した戦地は、永久に呪われて争いが続くのだ。そうなれば、そう、ガンウェルの楽しみは永遠にお預けだ。美食も美女も美しい決闘も。この街は死ぬのだ。
「絶対に許さねぇ…。」
ガンウェルは静かに宣言した。彼がいつも発している荒々しいマイトは消えた。だが、その何十倍のマイトがたぎっていた。燃えていた。そう、本当に熱い炎は、目に見えない。彼の怒りが限界を超えてその質を変えたのだ。彼の部下はガンウェルの怒りに恐怖した。そして、その恐怖が部下達の覚悟を引き出す。衛兵達は確信した。ガンウェルがどの様な命令を下すのか知らないが、命令を成し遂げられない場合にどうなるのかについては決定していた。やるしかない。
「……で、ゴート共が攻めて来てるんだな?数は500程度で良いんだな?」
ガンウェルは、先程の報告内容を確認した。さて、奴らの目的は何だ?コットスが何か言っていたな。
(……サザへの軍事的侵攻の為の調査だろう……。)
何が調査だ。完全に侵略開始してるじゃねぇか。ガンウェルは静かに考える。そうだ、奴らの最終目的は土地の占拠だ。異人種で在ることを考えれば、負ければ皆殺しだろうな。街人だろうが何だろうが。なら、このクレイフの砦を守っても意味がない。砦に籠もっている間に街人全員が殺されるだけだ。ま、在る意味、何も考える必要がないな。俺らしくやればいい。ガンウェルはゆっくりと立ち上がった。冷たく燃える炎を内に秘めた言葉を発する。
「全員出撃だ。誰も砦に残らなくていい。全隊を崩して班で行動し任務に当たれ。ゴートを全滅させろ。以降、任務が終わるまで指示はない。以上……やれ。」
短く潔い肯定の返事を行い、伝令が散った。瞬く間にクレイフ守備隊全体にその指令は伝わり、全ての衛兵が街に出撃した。
そして……絶望的な混戦が開幕した。




