2.砂の果実。 開幕。 15
……キィィィィィィエエエ…………。
その悲鳴は長く長く響いた。鋭く冷たく地底湖が佇む空間を満たした。誰もその場に何が起こっているのか理解出来なかった……高坂以外は。倒れ込み意識を失っている天為の背中の大痣がヘドロのように流動し、盛り上がって、彼の背の上で人を形作った。それは影のように揺らぎ、大口を開けて絶叫をあげている。それは苦痛の叫びではなく、喜びの悲鳴だった。まるでこの世に生まれ落ちたばかりの赤ん坊のように。だが、その口から溢れ出して来るのは泣き声では無く、絶叫。新しい世界への驚きではなく、新しく生み出される死への歓喜。
……キィィィィィィエエエ…………。
魂を貫くような悲鳴は止まず、高坂は血をこぼした。目と耳と鼻と口から。叫びが起こってから、僅か1秒も経過していない。苦痛に耐えながら、高坂はハルの両耳を塞いでいた。耳を塞ぐよう警告する暇はなかった。天為の痣が動き出すのを感じて直ぐ行動を起こしたにもかかわらず、この有り様だ。高坂は身体にしっかりとマイトを巡らせ、気を保つよう最大に注力したが、時間の問題だった。この悲鳴の中では、いくらも保たない。このままでは、魂がねじ切れてしまう。実際に湖畔のラーダンモールは全て倒れてしまった。ダットも絶命している。天為の背中に立ち上がるその黒い存在は、狂気の歓喜を爆発させ、哄笑を響かせている。徐々に輪郭を際立たせていくその黒い男は、でも、まだ、目鼻立ちがはっきりとせず、しかし、それでも満面の笑みを浮かべていた。高坂は意識を失う直前の一瞬にあった。想う。願わくば……
願わくば、ハルが俺の行動の意味を理解し、何か対処して、生き延びてくれれば……
骨を削られるような激痛の中、高坂は覚悟を決めた。恐らく、魂がはじけてねじ切れるまで後、1秒も無い。彼は今更身体を動かす事など出来ない事を承知していた。もう、お仕舞いなのだ。彼はせめてハルが生き残ればと、僅かな可能性に賭けたのだ、が、……ふっ、と高坂は苦痛が薄れ、体と魂の繋がりが希薄になるのを感じた。そして……
ぶつん。
そして、大きな音が響いて高坂は世界と隔絶した。涙のように流れ零れていた血の最後の一滴は雫となり、彼の四角い顎先を伝い……落ちた。




