2.砂の果実。 開幕。 14
ぞっとした。高坂は。不可能だった。天為が最も嫌うコトではあるが、やる前に諦めた。不可能だ。
「か、勘弁してよ。」
身長2メートルの高坂の風貌に合わない、弱々しいコメントだ。が、事実だ。無理だ。敵わない。たった一人で百人のラーダンモールには。
……は?当然だろ?見捨てるよ。俺が死ねば俺の世界は終わる。以降に意味なくなるじゃんか。
いつだったろうか?長い旅の間に、いつか、どこかで言った天為のセリフだ。もし、高坂が動けなくなり天為が逃げるか死ぬかの境界に立たされた時どうするのか、の話をしたことがあった。そうだ。瞬間、ぱしり、と何かがひらめいて、高坂は思い出した。
……そうだ。俺達の旅には目的がある。
高坂は全てを置き去りにして、暗い未来を掴もうと行ごうおああああっ!雄叫びが辺りを貫き、魔物が駆け抜ける。ダット。兎の耳と瞳を持つ駝鳥サイズの人喰いの魔物だ。3匹のダットが高坂の脇をすり抜けた。驚き振り返る高坂の視界にダットの群れが飛び込んで来た。
「うぉっ……
情け無い声を出しながら高坂は素早く横に飛び退いた。寧ろ高坂でなければダットの突進に巻き込まれ、潰されていただろう。ダットの群れは信じられない突進力と無頓着さで、ラーダンモールに突っ込んだ。湖畔で大混戦が始まる。身を守ることを知らないダットの攻撃は苛烈で、容赦が無かった。次々とラーダンモールを引き裂いていくが、同時にダットも切り裂かれて行った。互いに身を守らず、相手を殺す事だけを考えている者達の殺し合いだ。
「高坂!天為を連れて下がって!」
ハルの声が響く。ハル?そうだ。いた。新しい仲間、の筈。彼女は突然消えて、今また現れた。何故?何のために?高坂は一瞬、自身の正面に黄金色のルーンを浮かべるハルを見つめた。高坂は問いただしたい事がいくつか合ったが、ハルの指示は正しかった。今は兎に角、一端引くべきだ。高坂は天為のそばに駆け寄る。
「天為!!」
高坂は天為に声を掛けそのまま彼を担ぎ上げ……
「触る……な。毒……。」
焦点の合わない瞳の天為は、それでも声を振り絞り、高坂に告げた。そして気を失った。
何が毒だ?どんな?どこに毒があるというのだ?
一瞬、高坂は湧き上がった疑問に飲み込まれそうになったが、振り切った。彼は自分の上着で天為の上半身を包み、天為に触れないようにして、天為をハルの元まで運んだ。側には、小さなセツナが付き添っている。
「詳しくはわからないが、毒にやられている。消せないか?ハル?」
「無理よ。今、他の術を使ったらダットの召喚が途切れてしまうわ!」
ちらりと高坂は湖畔の戦いを見やる。50体位のラーダンモールと5体のダットが殺し合いをしている。現状で、ダットの方が分が悪い。ここで術が解けてダットが元居た世界に帰ったとしたら、完全に戦いに負ける。ラーダンモールの群れに飲み込まれてしまう。
くそっ!どうしたら……。
焦り悪態を吐く高坂の背後で、コットスが立ち上がる。手には灰色の液体が入った小瓶を持っている。何も言わずにそれをホランにも飲ませる。一瞬びくびくと、痙攣したホランは目を開き世界を認識して立ち上がった。
「気付け薬だ。それも最強強度の。毒も痛みも恐怖も半日程、押さえ込む。何事も準備が重要だな。さぁ、出直しだ。戻って治療を受けるぞ。」
掠れた声でホランは感謝を述べ、外へと続く洞穴へと進んだ。
「待った!その薬分けてくれないか!」
高坂はコットス……先程、戦いあったホランにも……言った。
「天為の意識が戻らない。直ぐに何とかしないとまずい事になる!頼む、分けてくれないか。」
「いや、私には君達を助ける理由が、利が無い。」
冷酷にコットスは突き放す。その瞳を見て高坂は交渉が通じる段階ではなく、今彼が言った事は決定事項なのだと悟った。高坂も冷酷に決断する。
「では、奪う。」
それしかない。天為の意識が失われている。一刻を争う。説得の時間などない。彼に天為を助ける理を説明している間に全てが終わる。直ぐに天為の意識を取り戻さないと、取り返しの付かない事になる。早くしないと、そうだ。
……全員、死ぬぞ。
爆発するかのように、高坂のマイトは高まり、収斂して、右の拳に集まった。必殺の一撃をコットスに打ち込もうと突進する。背後では、ラーダンモールとダットの死闘が続いている。しかしそれは徐々に湖畔から陸地に移り始めていた。ダットが押されているのだ。ハルは迷う。ダットはいずれ負ける。今直ぐに術を打ち切って天為に解毒の術を施したほうが良いだろうか?或いは、ダットを最後まで使い切り、ラーダンモールの数を少しでも減らした方が良いだろうか?どうだろうか?どちらがより生き残る確率が高いのだろうか。
(どうしよ……。)
ハルは迷い、高坂はコットスを捉えられず、セツナはただ傍観していた。消耗の激しいホランはコットスの後ろに下がっている。ラーダンモールは前進を続け、そして、ついに……
そして、ついに、その悲鳴は響き渡った。




