2.砂の果実。 開幕。 11
「天為!!」
高坂が叫ぶのと、天為が振り返るのと、それらが姿を表し、ホランとコットスが仲良く叫ぶのが全て同時に起こった。
「ラーダンモール!!」
それらは、ざわざわと地底湖の湖畔を登ってきた。人型ではあるが、人では無い。男女問わず様々な年齢の元は人だったそれらは、裸同然の姿でしかし、両手に漆黒の籠手を填めていた。籠手にはナイフのように鋭い爪が備わっていた。見開かれた眼には、何の感情もなく、だだ、ターゲットを見つめているだけだ。そして、
「……なんだ?あれは。」
高坂は畏怖を隠しきれなかった。湖からあがってくるそれらの者達の口には禍々しい黒鉄の杭が突き刺さっていた。その杭は後頭部に突き抜け、その先で植物の根のように分岐し折れ曲がり、肩や首に折り返して突き刺さっていた。その根は血管のように脈打っている。黒鉄の杭の頭には、ルーン……呪印が記されており、それが何か魔術師の業によるものであることをを告げていた。
愕然とする高坂に向かいそれらは突進した。
「高坂ぁっ!!」
天為は叫ぶ。彼の独特の柔らかくしかし澄んで通る声が、高坂を現実に引き戻した。ホランと距離を置き、それら人に見える、何かの群れに対峙する。
「こんな所まで上がり込んでくるとはな。やりすぎだな。ボウモア。」
コットスは湖上に直立する人影を睨んだ。
「やり過ぎは貴様だよ、コットス。我ら、ラーダンモールを相手にしようとすること自体が誤りなのだよ。」
湖面に睡蓮のように浮かび立つボウモアと呼ばれたその人は、軽やかな声で答えた。小柄な姿とまあるいシルエットがボウモアの性別を告げていた。深く被った闇色のフードから、白銀の長髪がこぼれていた。冷酷に彼女は言う。
「やれ。殺せ。」
湖畔を駆け上がるラーダンモールの兵士は一気に加速する。ラーダンモールが発見した、忌まわしい古術で生を止められながら、死に移ることが無くなった兵士達は、意識の無い瞳で致死の爪を振るう。
50対4。いや、50対2対2だ。勝ち目は在るだろうか?一瞬、気が引ける高坂をよそに天為は淀みなく思い切り良く大業を繰り出した。妖刀呼雪が溜め込んだマイトを不可視の刃として解き放つ業、それは薄く鋭い月の光。
……殲月。
すか、と世界が切断される音が響き、その横一文字の一振りで10の兵士が切断され、吹き飛んだ。血は出ない。
……なんだ?こいつら?
天為は、マイトがざわつくのを感じた。これらは所謂、生きた死者では無い。完全に生きている、がそれだけではない。何というか……
意志がないのか?
天為は極限の集中状態の中、無限に続く思考時間に存在し目の前のラーダンモール達を観察していた。天為は、それら兵士達から未来を読み取る事が出来なかった。何の意志もなく、生への執着もない兵士達の動きは通常の人とは異なり、単純だが、研ぎ澄まされていた。速く鋭くそして、無、だった。意志が無いため、行動に移る前の溜めや行動の癖が無い。何より恐怖を持た無い捨て身で直線的な動きだった。天為は再び刀を振るう。殲月。実際の刃よりも広い範囲で何もかもを切断する、横一文字のその太刀筋は、再びラーダンモール達を襲った。今度は、7名が呼雪の餌食となった。だが、天為は見逃さなかった。
……回避した。
天為の見立てでは、今回の一振りの攻撃範囲に9体いた。しかし、倒れたのは7体。2体は殲月を回避したのだ。致死の見えない刃を見切ったのだ。強い、と天為は実感した。天為は極限の集中状態の中で、考察した。殲月の見えない刃は初見では回避不能だ。勿論、破格の才能を持つ天才であれば別だが、このラーダンモール達はそこまでの身体能力、瞬発力を保有していない事は確実だ。心頭滅却状態の天為がそれを見誤ることはない。では、何故、回避出来たのか。天為の最初の一撃は、後続の兵士達には見られていなかったはずだ。だが、2体のラーダンモールは、不可視の刃を回避した。何故、殲月の攻撃範囲を見切る事が出来たのか?初見では回避出来ない業を見切ったとすれば、理由は一つ。つまり、初見ではなかった、と言うことだ。天為は結論する。
……こいつらは、全体で個を形成しているんだ。
兵士達は各個体の感覚を共有しているのだ。だから、最初の一撃で殲月の殺傷範囲を見切る事が出来たのだ。だから、各個体には、感情が無く、意識と呼べるものさえ無いのだ。湖上に悠然と浮かぶボウモアと呼ばれた魔術師が制御しているのだろうか?
……いや、50体もの兵士の情報を処理する事は出来ないだろうね……恐らく、兵士達は感覚を共有し全体で行動するけど、それはどれか誰かの指示じゃなく、全体感覚から導き出される反射行動なんだ。
時間が止まった世界で天為は、結論した。その結論は天為に未来を予測させる。情報がそれを可能にするのだ。動きに癖や恐怖が無く、いつもより、短く不確かな未来しか予測出来なかったが、それでも、天為が目撃する未来は彼に大きなアドバンテージをもたらした。




