2.砂の果実。 開幕。 9
じりり、と高坂は姿勢を低くし、マイトを練り上げる。練り上げて、圧縮して塊にする。塊を押しつぶし、点にする。世界と同化するまで拡散させて薄める天為とは、真逆のマイトの使い方だ。集めて高めて世界と隔絶するのだ。それを拳に乗せる。練り上げられ、純化したマイトは攻撃を強化し、生身の拳を鉄拳に、爆発性を持った鉄拳に変えるのだ。一定の純度を超えたそれは魔法の一撃と変わりがなかった。
「凄まじいな。総量は兎も角、そこまで密度の高いマイトは初めてだ。恐ろしいな。」
高坂は答えない。不気味なコットスの能力の正体は単純だった。彼は……そんな人間がいるなどど聞いた事はなかったが……負のマイトを発するのだ。それが一般人の正のマイトを打ち消すのだ。マイトは魂の波動だ。体中を巡る血液が滞ると死に至るように、神経を走る電位が無くなれば死に至るように、マイトが滞れば魂が枯渇して、死ぬ。コットスはそのマイトの波動を打ち消す負の波動を持つのだ。負のマイトを持つのだ。マイトは波。打ち消される事もあれば、鋭く高まる事もある。これは打ち消すコットスと高める高坂のマイトの勝負なのだ。拳が到達するまでに打ち消されれば、高坂の負け。逆に打ち消される前に到達すればコットスの負けだ。そして、打ち消されるかどうかは、マイトの量と質による。つまりマイトをぶつけ合えば、勝敗は決するのだ。
勝負は単純だ。が、高坂は単純ではない。変人の天為と旅を続けられる程度には。最大までマイトを練り上げ、拳を打ち出すばかりとなったその瞬間に高坂は投げた。隠し持っていたナイフを。同時に6つ投擲した。
やるものだな。
コットスはニヤリとした。高坂が投げたナイフは子供騙しではなく、プロのそれだった。どれもが致死の一投だった。受け止めるであるとか、紙一重でかわすであるだとかは到底無理だった。コットスは面白がりながらも驚き、精一杯ナイフを回避した。
格闘家が投げるナイフだとは信じられないな。
心で呟くコットスの心臓が凍る。ナイフと同じ速度で高坂が迫っていた。ナイフはフェイク。投擲されたナイフに焦点を合わせた瞬間を狙って高坂は突進し、拳を繰り出していた。ああ。そうだ。初めて会った時も高坂は目線を理解していた。逃げる天為を追う視線に合わせて、接近し、振り返る視線に逆行して、自身の速度を倍化した。今もそう。僅か一瞬、焦点がナイフに移った瞬間を狙い、自身も突進したのだ。
面白い。が、
コットスは能力を最大解放した。高坂は風に煽られる砂の城のように、突き出した拳の先から自身のマイトが消滅していくのを感じた。想像以上の相殺力だ。が、
届く!
高坂は確信した。同時にコットスも。素早く胸の前で、腕を交差し、高坂の拳を受け止める。二人の拳と腕が接触した瞬間、火花が散り、電気が走り、焔が上がって爆発が起こった……相反するスートのマイトがぶつかるとき、それが強力で在るほどエネルギーの放出が起こりやすい。この様に目で見える形となるのは珍しいが……強く踏み込んでいる高坂は最後まで、拳を貫こうとする。ここが、高坂の勝負所だった。後、一秒でもコットスのそばにいれば、マイトが消滅して動けなくなる。それを避けるためにはここを離れるか、こいつを離れさせるしかない。反対にコットスはこのまま踏みとどまれば勝てるのだ。コットスは堪える。高坂は力を振り絞り、マイトを練り上げ、渾身の気迫で押す……コットスは足を地面にめり込ませて踏みとどま……浮かび上がった。コットスは、高坂の拳に吹き飛ばされた。体の前面にマイトを集中させているコットスは、このまま背後の岩壁に激突するだろう。そうなれば、ただではすまない。ちっ、まずいな……
「私が、相手をしよう。」
そう高坂に提案しながら、ホランは片手でコットスを掴み、岩壁との激突を回避させた。長くしなやかな腕で、コットスを受け止めたのだ。長い腕を振り子のようにふり、勢いを殺した。
「単純でストレートな武術であれば、私の出番だ。」
言いながら、ホランはコットスを放し、視線を上げた後、飛び出した。高坂に向かって。再び高坂はマイトを練り上げる。
ふむ。コットスよりは組みやすそうだが……?
地底湖での戦いは、まだまだ続……いや、彼らは思いもしなかったが、実は、まだ、始まってさえいないレベルだった。静かに佇む地底湖の湖畔で、熾火のようにくすぶっているだけだ。本当の戦いはこれから、始まるのだ。




