2.砂の果実。 開幕。 3
ウキハと呼ばれる高台の内部で、彼らは死にかけていた。洞穴に擬態する巨大地竜に捕らわれたのだ。柔らかく分厚い肉壁に埋まり、僅かばかりの息をしながら、毒ガスと消化液に命を削り取られていた。光も失い完全な闇に閉ざされていた。先程まで軽口を叩いていた天為は急に言葉がなくなり、白目を剥いて意識を失いかけている。ハルはまだ辛うじて意識があったが身体を動かすことは愚か、声を発する事さえできない状態だった。身体の大きな高坂はまだ動くことができた。
「おい。ダメだ、天為。死にかけているぞ、お前……
死んでもいいが、死にかけるなと続けようとした高坂の言葉を誰かが遮る。
「でわ、いきます。頑張って高坂くん。」
場違いな言葉と共に何かが高坂の背中側の首の付け根に触れた。高坂の背中が爆発した、と彼は感じた。実際は途方もない活力が注入されたのだ。
賦活か?
脊髄が焼き切れるような力が体の中を駆け巡る。懐かしく、嬉しく切ない後悔が彼の中を過ぎった。
「天為くんも頑張って。ハルもふぁいと!」
暗闇の中で誰が何をしているのか高坂にはわからなかったが、最悪の事態は回避したことは実感した。天為が叫んだのだ。
「高坂あぁぁああっっつ!」
高坂は理解する。全力で両手両足を突っ張り、ワームの内壁を拡張した。ハルの月光の術の光も戻ってきた。高坂が見たのはペタンコ座りで呆然としているハルと……片膝を着いて背中を丸め、今にもはじけそうな力を漲らせた天為だった。手には大長尺の古刀、呼雪が握られていた。高坂が突っ張っているお陰で、充分な空間が確保されていた。もう、内壁が古刀の鞘を押さえつけることはない。
こくん。
高坂に見えたのは、そこまでだった。天為がコイクチを切る所までしか視認出来なかった。次瞬、世界が割れた。イワムの内壁は両断された。洞穴の壁が彼らの世界に戻ってきた。天為の呼雪は岩盤ごとイワムを切り裂いていた。天為は返す刀でイワムを切り刻もうと……
「ムリ。」
諦めた。イワムの体外に出てその大きさを認識したのだ。切断され、彼らの左右でのたうち回るこの巨大なワームは途方もなく長い体を持っていた。刀でどうにか出来る大きさではない。体の先は、洞穴の通路の闇の向こうへと続いていた。天為は素早く高坂を見る。
「同じく。」
高坂も投げ出した。得物が使える状態ならともかく、素手では太刀打ち出来ない。しかも、切断されたワームは怒り、激しく身体を洞穴に打ち付けて暴れているが一滴の血も流していない。どう見ても、巨大なイワムが大きなイワムAとそこそこ大きなイワムBに別れだだけだった。危険性は全く減っていない様に見えた。獲物を諦める気のないイワム達は、左右から彼らを挟み撃ちにする形で鎌首をもたげ、新しく出来た口を大きく広げて獲物を飲み込もうとしていた。
「よし!切り札ハル!出番だ!」
無責任に言いながら、ハルを見やった天為は、でも、開いた口が塞がらなかった。ハルが両手の平を膝に当てた状態で片足を高く上げていたのだ。あぁ、何だ、えぇと。そう、あの伝統芸能の……
「四股?あの太めが似合う伝統芸能?」
ハルは鬼の形相で天為を睨みながらも、術に集中した。ハルは高く上げた足を落とし、文字通り四股を踏んだ。破気の術だ。ハルの足が地面に下ろされると轟音が響いた。
どおん。
洞穴が揺らぐ。逆の足を上げ、下ろす。
どおん。
ちょっと変わっているが、これは印だった。術に必要なルーン、形だった。ハルは印を踏んで切った。式を唱え結ぶ。パンっと、豊かな胸の前で打ち合わせた手のひらを左右のイワムに向けて広げた。巨大な空振が起こった。イワムは似つかわしくない愛くるしい悲鳴をあけながら、縮んで吹き飛んだ。洞穴の迷宮の闇の隅に。破気の術は、相手をこことは違う別の場所に吹き飛ばす術だ。ハルの場合は吹き飛ばすだけではない。影檻の術と掛け合わせて使うのだ。ともあれ、目の前の問題は片付いた。ハルは大股開きで腰を落とした姿勢のままだ。そのハルに天為が告げた。
「……様になってるね。」
「何が?私の体型にお似合いの術っていいたいわけ??」
殺気がひどくて天為は壁に向かって言い訳をする。
「いや、そう言う意味じゃないのに。そんなにらまれたらさ……
「天為、謝っておけ。スモウトリのようだと言ったお前が悪いのだからな。」
「いゃ、言ってないって。」
「あー!あったまきた!何よ、あたしが助けてあげたんだからね?そんな失礼していいわけ?」
「ダメです。天為くん、高坂くん。ハルに謝って。」
3人は急に一人増えていた事を思い出して、血の気が引いた。自分たちは助かったのか?ピンチは続いているのか?最後の一人は、敵か味方か……
「てか、何であたしだけ呼び捨てなのよ。」
最初にハルがそれに向き直った。ハルは驚き、そして、ふふっと笑った。彼女のそれは、何かを心底喜んでいる。無邪気で愛らしい笑みだった。




