2.砂の果実。 利害。 7
クレイフの東から南を通り西側までを、高台がくの字に取り囲んでいる。今はちょうど日が昇った直後の朝焼け時だ。何時もは眠そうにしている衛兵達は皆、倒れていた。無論、眠っている訳ではない。死んでいるのだ。高台の上では人影が一つだけ、残っていた。朝風に漆黒のマントが翻る。その男は、ぎいいいっと口を歪めて笑っている。
……カケラだ。カケラの存在を感じる。
濁眼の聖騎士はまた、ぎいいいっと口の端を歪めて笑った。眼下のクレイフを見つめている。
この小さな街に世界樹のカケラが……完全世界の遺物があるのだ。
彼はその白濁した魂のみを映す瞳で街を見下ろしていた。大理石のような甲冑が、朝日に輝く。細かく波を打つ長髪が、風に踊っている。長すぎる6本の指が生えた両手を眼下の街に向かって伸ばす。それは、人々の魂を盗み取ろうとする邪悪な死神の仕草に見えた。ぎいいい、と彼はまた笑った。愉快なのだ。
……完全世界の異物。世界樹のカケラ。そうだ。失われた太古の神秘を探し繋ぎ、世界の秘密を暴かなくてはならない。この今にも消えてしまいそうなコナゴナになった世界を救わなくてはならないのだ。それがセンス……神々の能力……を分け与えられた、センス……神々の感覚をを持つ者……である私の宿命なのだ。
蟲卵のような白濁した瞳を鈍く輝かせる。彼の瞳は通常の風景を映さない。その代わり、年経たものを映した。古い時代の遺物など……例えば、完全世界で創られた、砂の果実。朝風に体を任せながら、濁眼の聖騎士は、口の端を強く引き絞りぎいいいっと笑う。
とるに足らなかった。世界の全ては。彼はこのリム・リナで最強の聖騎士だった。誰も彼もが、彼に到底、たどり着けず、彼は孤高で別格だった。
退屈だった。
その彼は、その長い長い人生の中で、徐々に世界の全貌を知る。誰もが滅ぶと知りながら、傍観するだけで緩慢な絶滅に向けてひたひたと歩いている事を。彼は戦う事にした。この長いだけで退屈な人生の暇潰しに。そう、暇潰しに世界を救済することにした。彼はすぐに悟った。このコナゴナになった世界を救うことは、容易ではないと。そう、初めて彼は困難と対峙した。
センス、タブー、ファゴサイト、守護者……数々の世界の根幹と出会い、戦った。彼の長い長い人生の中で、生を実感する瞬間だった。いつの間にか彼は誓っていた。何に?いや、考える程のことはない。兎に角、彼は誓った。必ず、このコナゴナになった世界を救う、と。そう……
例え、どれだけの犠牲を出そうとも。
クレイフを囲む高台の上で濁眼の聖騎士は街を見下ろしていた。感じていた。
……見つけたぞ。
強い風が吹きうねった。彼は笑う。ぎいいい、っと。鋭い光が刺さる。夜は明けた。雲が流れ、砂が舞った。クレイフを囲む高台の風景が不安に歪む。濁眼の聖騎士は呟いた。
……見つけたぞ。砂の果実。




