2.砂の果実。 利害。 6
砂塵が舞っていた。彼らはクレイフから半日程の距離の砂漠の直中で、隠れ蓑の術を施したテントの中にいた。その中央には簡素で大きな机が置かれ、揺れるランプの光が、広げられた戦地図と周囲を取り囲むゴートを照らしていた。黒羊の頭部と足を持つ、影の国フィンドアの魔人達だ。
天為との戦いで、左角が欠けたストクフがいた。仲間の救出が成功したのだ。これまでに受けた傷は治癒者が癒やしたようだ。だが、その声は冷静ではなかった。
「これだけか?我が第三旅団がたった、たった500名しか残っておらぬのか?旅団だぞ?3000を越える軍団だったのだぞ?本当なのか?」
珍しく声を荒げるストクフにウー……ストクフをコットスの牢獄から救い出したゴートだ……が答える。
「事実です。ストクフ少将。かの聖騎士と遭遇し、そのほぼ全員が死亡しました。ここにいるのは、殿を勤めていた為、聖騎士と遭遇しなかった部隊のみです。」
ストクフは言葉が出なかった。つまり、1対2500の戦いにかの聖騎士は勝利したのだ。そんな事があるのだろうか?
「我々は《神々の感覚を持つもの》……センス……の力の前に為すすべなく、殺戮を、受け入れるしかありませんでした。」
ストクフは大きく息を吸い、縦につぶれた瞳を閉じて、天を仰いだ。まるでそこに無限の星空がひろがり、この窮地を脱するための叡智が降りてくるのだと、言わんばかりに。
……濁眼の聖騎士。名を持たぬ者。世界に剣を捧げた騎士。神々の感覚と力を持つ、センスか。彼の落魂に皆、焼かれたと言うのか。
様々な、本当に様々な想いがストクフの中を流れていった。彼らの祖国は、今、滅亡の危機に瀕していた。彼らの国フィンドアは、伝説となっている5人の大魔法使いの内の一人、不滅のララコの呪いにより、滅亡しようとしている。ストクフ達ゴートは、生き残るために国の外に出るしかないのだ。今、彼らは国を捨てて大移動を行おうとしていた。その切っ先の一つが、ストクフ率いる第三旅団落日なのだ。他国に攻め入り、国を奪う事が目的だ。いや、目的だった。今は違う。ストクフはこの北方大陸、ノースラドの端にある熱砂の国サザを調べる内に砂の果実に行き当たった。遥か昔、創国の主、サザがこの国の前身であるフォートレントの滅亡を防ごうと旅に出て、そして手に入れた秘宝。結果、フォートレントの滅亡は防げなかったが、自国民の多くを死から守ることができた。果実の力によって。そうだ、まさしくこれなのだ。今、我等に、フィンドアにに必要なのは、新しい大地だけではないのだ。奇跡を可能にする……今は過去となってしまった完全世界の……強大な力なのだ。これを手にする為であれば、クレイフを攻め滅ぼす事も厭わない。そうだ。やるのだ。
「我等は必ず成し遂げる。今、引き下がっても、祖国と共に滅びるだけだ。それであれば、可能性に死ぬ事を選ぶ。ウー、作戦を再構築するぞ。クレイフの戦力と我が方の戦力の比較からやり直しだ。」
ストクフは、静かに伝えた。先程までの落ち着かない、荒ぶった言動は消えた。ウーは安心した。そうだ。私達にはこのストクフ少将が居る。彼が諦めない限りは、可能性は在るのだ。それが、どれほど僅かでも、存在するのだ。いける。私達はやれる。成し遂げるのだ。その想いは、他の兵士達にも伝播し、彼の軍隊は異様な力の盛り上がりを見せた。
砂漠の夜は仄暗い闇の中で膨張していく。それはやがて、弾けて霧散し……新しい朝を迎えるのだ。




