2.砂の果実。 利害。 1
ガンウェルは巨大な拳を振るっていた。月雲の衛兵達を吹き飛ばし、つぶし、破裂させていった。ガンウェルは苛立っていた。色気たっぷりの術者を取り逃がし、国に何人もいないような、強者との試合を台無しにされた。それもコットスの部下達にだ。あぁ、そうだ。元々、あいつのことは気に入らなかった。あの七三も、バカみたいなスーツも。いい機会だ。
「……全部ぶっ潰してやる。」
吐き出すように呟き、マイトをのせた拳を振るう。鎧も、骨も剣でさえも打ち砕き、死体の山を築いていく。悲鳴が上がる。恐怖の叫びが響……いや、なんだ?
ガンウェルは殺戮の拳を止める。
混乱が街を覆っていた。町外れに砂塵が踊っている。
「崩落か!!」
ガンウェルは叫び……珍しく……部下を指揮して、対応に当たる。月雲の衛兵達も戦いを中断し、路地の闇に消える。どこかで誰が叫ぶ。
「近いぞ!避難しろ!崩落だ!」
崩落……人々はそう呼んでいた。大地が引き裂かれ、遥か下方の奈落に堕ちていく、この現象を。この世界では大地さえも盤石ではなかった。ある時突然消え去ってしまう、移ろう街のようなものだった。崩落は地震とは違った。何の前触れもなく、地面が割れ砕けて、腐敗した闇が占拠する奈落へと堕ちていくのだ。その大地にしがみついて生活を営んでいる人々や動物植物と共に。正に世界が崩壊し、落ちるのだ。
崩落。
そう、世界はひび割れてしまった。世界はコナゴナになってしまったのだ。何もかもが崩れて流れ去ろうとしている。だが、彼等は許していなかった。その他大勢の人々とは違って。彼等は許さない。世界が許可もなく、ほどけていこうとするのを。彼等はそれぞれの方法でそれぞれの決着を世界に求めている。利と害が混ざりあい、物語を牽引していくのだ。天為も高坂もハナもタマウもストクフもコットスも、そしてガンウェルでさえも。
巻き上がる粉塵と悲鳴が砂漠の街を覆っていく。今回の崩落は街から僅か1キロメートルの位置で発生した。直径2キロメートルの……比較的、小規模の……崩落だった。熱砂師団の斥候が砂角馬を駆り、崩落の確認に向かった。月雲の偵察部隊も同様だ。このクレイフを管理しているのはこの2つの組織だった。
崩落地点には底なしの穴が広がっていた。底の見えない大穴が叫びを上げていた。がさがさと今も地表を飲み込み続けている。大地の傷口には、世界樹の根が見えていた。かつては強靭で、壊れる事も腐る事もなかった世界樹の根は今では乾いて脆くなり、それが崩落を招いているのだ。偵察者達は崩落の傷口を確認する。今のところはこれ以上崩落は広がらないだろう。周囲の根の状態はさほど悪くない。殆どの斥候達は、立ち去ろうと気味の悪い大穴に背を向けた。だか、一人の中年の斥候が皆を呼び止める。
「いや、駄目だ。ヒゲじゃないぞ。今くずれたのは。主根だ。クレイフが乗っている、主根だ……
いつも通りの暑い砂漠の景色だ。何もかもがクリアで光輝いている。乾いた風が砂丘を渡って行く。誰も何も言わなかった。砂の囁きだけが、ちりちりと続く。暑い。暑い筈なのにその斥候の背中には冷たい汗が流れていった。
「クレイフが……クレイフが堕ちるぞ。」




