2.砂の果実。 邂逅。 4
(おっと。)
ハルは呟き、さりげなく進路を変える。市場の人混みの波に潜る。深くフードをかぶり、跳ねっ返りの可愛い赤毛を隠す。誰かつけている。3人。上手く巻けただろうか?解らない。人混みを進み続ければ、いつかは市場の端の誰も居ない路地に行き着く。追跡者を一瞬でも良いから巻いて、その隙に市場を離脱するしかない。つけられたまま、人混みを抜けるわけには行かない。
……誰?
心当たりが多すぎて解らない。でも、恐らく昨日の騒ぎの続きなのだろう。全員、始末したはずなんだけど。
「さぁーさぁー!見てっておくれ!羽根の生えた小人だよ!気に入ったら売ったげてもいいんだよー!どうだい!見てっておくれ!」
恰幅のよい旅の中年女性が仲間たちと共に商売を始める。何か好奇心を満たしてくれるモノを探している旅人や街人は、イカサマだと承知しながらも呼び声に乗って人垣を作った。ハルも紛れ込む。追跡者は3人。一人も脱落していないようだ。2人はハルと同じく、人垣に紛れ、一人は少し離れた所から全体を監視する。ハルはきっかけを待っていた。精神を集中させ、その時を待つ。焦らしに焦らした後で、旅の中年女性は、1メートル程の高さがある鳥籠を出した。籠の上には布がかけられており、中が見えない。中身はきっと大型の鳥に人形の手足をつけたようなお粗末なジョークが詰まっているのだ。辺境の市場あるあるだ。旅の中年女性は、見物客から小銭をせびる。使い道の無い程の細かい硬貨が投げられる。皆、ハルと同じ事を想像していた。小銭の次は野次を投げてやろうと準備をしている。ハルは観客が盛り上がる瞬間を狙っていた。騒ぎが起こった瞬間に瞬きの術を使い、姿を眩ますつもりだった。いよいよ、旅の中年女性が鳥籠の布を引き払う。観客は一斉にヤジと嘲笑を投げ……られず、言葉を失う。
「ほ、本物じゃんか。」
ハルは呟いてしまった。アーモンド型の愛らしい瞳を丸くする。鳥籠には、裸を翼で隠す小人がいた。術者であるハナの目で見ても、本物としか思えなかった。
……つーか、このコ……
性の別が無く、幼く、美しかった。透き通るような肌を持ち、内面から沸き上がるような光を持っていた。皆、一瞬で、それの虜になった。言葉を向け抜き取られたまま食い入るようにそれを見つめる。誰かが言った。
「……買うぞ。」
それを合図に観客達は、我も我もと名乗りを上げる。そのコは、怯え、声を出さずに泣いた。ハルの心にスイッチが入った。感情のままに行動する。瞬きの術。無音の爆発が周囲を包み込んだ。光が爆発し、全員が視力を奪われる。悲鳴と混乱が蔓延する市場の片隅で、ハルは鳥籠に近づき簡単に鍵を壊した。
「逃げられるはずよ、あなた。」
その小人は、ハルの術を受け付けておらず、ハナの事が見えていた。何も言わない。
「好きにしなさい。」
ハルは言い残し、走り出した。後はあのコ自身の問題だ。そもそもあの様な形だけの檻など、簡単に破壊できるはずだ。あのコが本当にハルの見立て通りの種族で在るのなら。さぁ、行かなくては。人々の視力は10秒程で戻る。その前に、ここを去らなくては。既に目を付けていた人気のない路地を選んで飛び込む。あのコの事は忘れる。飛び込んだのは、短い路地だ。市場の反対側の泉の広場に繋がっている。好都合だ。人混みから人混みへと移れば、追跡者はハルの事を見失うだろう。走り、路地を抜け……
「おぅ。いいねぇ。美人過ぎねぇし、ちょっと肉がつき過ぎてるとこがそそられるじゃねぇか。」
声が響くのと壁が動くのと、身体が持ち上がりまさぐられるのが同時だった。ハルは路地に潜んでいた大男に背後から抱きかかえられていた。
「汗の匂いも気に入った。」
男はハルの頭上から、馬鹿笑いを吐きかける。ぎゃははははは。ハルは血の気が引いた。人気の無い路地だと思ったが男が一人で潜んでいた。恐らく、ハルが飛び込みたくなるような路地を用意していたのだ。罠、だ。そして、術者のハルにも気づかれないほど完全に気配を消し、素早く背後から襲う体術。そして瞬きの術を受け付けていない。何者?追跡者の一味であることは間違い無い。
「俺は、ガンウェル。これからお前と遊ぶことに決めた。嫌がってもいいぜ。」
ハルは両手をひねりあげられ、口を押さえつけられた状態で無理やり振り向かせられる。男と目が合う。身長は3メートルを超える大男だ。冷や汗が鎖骨を伝いへそに向かって流れる。口と手をふさがれては、何の術も行使出来ない。
「怖いか?興奮するねぇ。」
ぎゃははははは、と、ガンウェルは下品に笑った。




