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act.16 浜女御

 その夜は潮風が強かった。

 これに着替えるようにと言われたのは、巫女の装束だった。経や呪文の要領と同じで、それを着たら霊力が上がるような気がするものがいいのだという。太郎も佳澄も水着にパーカー姿のようなラフな格好だったので、自分一人が気合いが入っているように見えてしまって少し恥ずかしかった。だが黒鉄に抱えられていた白雪も同じ恰好だったのでホッとする。

「黒鉄、少しさゆりさんと二人にしてちょうだい」

「…わかった。あと30分で開始だからな」

 黒鉄が太郎や佳澄を連れて外に出てくれる。白雪が座る場所の向かいに座ると、白雪がにこりと笑ってみせる。すると白雪の周りが金色に光りだした。

「…これが見える?」

 言われてよく目を凝らすと金色の光は全部で12の塊になった。ぼんやりと光が収まると、それは金色の動物たちだとわかる。霊気の塊、太郎の剣や宗光の数珠に似ているような気がした。

「これは十二神将。私の霊気を媒介にして薬師如来の力を借りているの」

「…如来…って神様…ですよね」

「神様っていうか…うん、そうね、そんな感じ。彼らは私が生まれた時から私を護ってくれているの。得意なのは結界や封印術」

「へぇ…この島のもですか?」

「そうよ。学園のもそう。そしてこの国にも」

 そこまで光の塊を物珍しそうに見ながら話を聞いていたさゆりは、顔をあげて白雪を見た。白雪は手の平に光の塊を乗せながら目を伏せる。

「…私が他国の妖をこの国に入れないようにしている理由を話そうと思うの」

「私が…知っていた方がいいということですか」

「ええ。…『疫病神』って言葉があるわね?昔は疫病は妖が運んで来ると思われていた。医学の進歩で病気はウィルスや細菌だと解明された。…でもそのウィルスを他国から運んできたのが人間だとは限らない。他国と妖が行き来が盛んになると、ウィルスも生態系も変わってしまう。私がこの千年怖れたのはそれだったのです。妖にはその国での文化や風土にあった生態がある。私はこの国の人間も妖も守りたい」

「…今日の儀式も同じことですか?」

「…ええ、そうね。同じ要領ね。人魚たちを守るためにこの島の結界を張りなおすの」

 歯切れの悪い白雪に気づかずさゆりは小さく頷いた。白雪は『今はこれで十分だろう』と判断した。いずれはすべて話さなくてはならない日が来る。その時さゆりがどんな決断を下そうとも白雪は責めないと決めていた。さゆりの人生はさゆりのものだ。決して自分のものではない。



砂浜には黒鉄・太郎・佳澄・良・亀爺がそれぞれ海に向かって警戒している。かがり火が焚かれ、設置された護摩壇に白雪とさゆりは座っていた。

「もうじき結界が破れる。一匹たりとも砂浜に上げるな!!雪とさゆりを守れ!!」

「了解」

「おう!」

 ガシャンと薄い膜が破れるような音だった。海から何かがやってくるような気配がする。背筋がぞわぞわと震える。さゆりが思わず目を閉じてしまいそうになると、白雪の霊気が自分の周囲にまとわれた。それだけでとても安心できるし、救われるような気がする。

「…さゆりさん、手を合わせて。霊気を込めて」

「はい…!!」

 自分の霊気と白雪の霊気が混ざり合って大きな力へと変わっていく。現れた十二神将が島の周囲に飛んでいった。十二の方向へと。妖に気配が一斉に白雪とさゆりに向いた気がする。無理もない。妖は本能で分かっているのだ。あの二人を倒せばどうにかなる、と。

『佳澄、空からの敵を防げ!!』

 黒い狼が大きな声で吠えると衝撃波となって海蛇のような妖を何匹も海に追い返す。太郎は雷で敵を何体も動けなくしている。誰もが手一杯のように見えた。さゆりたちを狙う半魚人のような妖が海から一気に飛び出して襲い掛かってきた。

『さゆり様!』

 妖たちを爪で倒したのは白い大きな虎だった。輝くような白い体毛に青と金の瞳。そして聞き覚えのある声にさゆりは顔を綻ばせた。

『ご無事ですか』

「良くん…」

『まだ来ます。気をつけて』

 白い虎はそう言うとまた妖に向かっていく。とにかく圧倒的に数が多い。佳澄が何十匹もの蛇の妖を扇ひとつで受け止めている。押し返そうと翼をはためかせるが、数が多いせいでなかなか押し返せない。

「こん…っの!!」

 扇がメキメキと音を立てている。そんな佳澄のもとへ太郎が駆け寄る。

「よし!佳澄!!そのまま押さえてろ!!」

 太郎が剣を天に向かって掲げた。ロザリオにキスをして霊気を集中させる。

「神のぶどう畑を荒らすものよ、裁きの雷を受けよ!!」

 轟音とともに蛇の妖に降り注いだ雷は、蛇たちを黒焦げに消し去った。同時に佳澄がひときわ大きく飛び跳ねた。

「あっちぃぃいいい!!」

「なんだよ、ちゃんと外したろ?」

「外してない!見てよこの羽根!焦げてんじゃん!!すっげービリビリしたし!!」

「悪い悪い」

 佳澄に謝る太郎は肩で息をしている。きっとさっきの術で霊力を疲弊させたのだろう。彼はきっとこれ以上術を使うことはできない。どうしようと、さゆりが視線を巡らせているとふと静寂が砂浜を襲った。

 水面に誰かが立っている。着物、というよりは十二単を少し簡素にしたような恰好だった。扇で口元を隠してこちらを見ているが、水面に立っているところを見る限り水の妖だろう。

『やはりそなたか…浜女御』

 白雪やさゆりと、その妖との間に歩み寄ったのは亀爺だった。亀爺の声を聞くとその女の妖は扇を下してニィと笑って見せる。唇の間から細くて長い舌がチロチロと動いているのがわかる。

『…久しいな、翁』

『長い付き合いじゃ、せめて苦しまず死ねるよう儂からおひい様に頼んでやろう』

『何がおひい様じゃ!妾は認めぬぞ!人を食ろうて何が悪い!!そこの女を殺して、手始めに人魚を食うて力を得てやるわ!』

 浜女御の口がカッと開かれ、白い煙のようなものが出てくる。途端に佳澄や太郎、そして白い虎の姿の良が膝を折った。毒の煙なのか、それぞれが苦しそうな表情になっている。亀爺の前に大きな亀の甲羅が顕現した。

『おひい様、さゆり様、決してこの甲羅からお出になられませんよう』

『翁よ、無理はするでない。苦しいであろ?妾の毒をその甲羅で吸い込んでおるのだから…』

 浜女御は高笑いをしていた。亀爺の肩がワナワナと震えている。自分と白雪を守るために、亀爺は命を懸けようとしているのだと、すぐに想像がついた。

『儂はな…誓ったのじゃ。あの壇ノ浦の合戦で傷ついた儂を…おひい様は救ってくださった。あの日から儂は…おひい様を守ると…』

『その壇ノ浦で、あの女が何をしたかそなたは知っておるのか!?安徳様の…安徳様の…』

『それがこの国にとって必要なことならば儂はおひい様が正しいのだと信じる』

『翁!!』

『女御…儂らは負けたのだ。お互いこのような妖になり、今日まで生き永らえてきた…もう諦めよ』

『妾は…妾は…!』

『平家は…滅んだ。滅ぶべきであったのだ。それが時代の流れ。仕方のないことであったと儂は思う』

『仕方がないなど…言えるか!!』

 浜女御の首が伸び、その牙がまさに亀爺を襲うかという刹那、さゆりは飛び出していた。無我夢中で手を伸ばし、叫んでいた。

「だめっ…!!!」

 さゆりの手の平から出たのは、光る壁。太郎との練習の時とは比べ物にならないような大きくて硬いその壁は亀の甲羅の形を成していた。

「さゆり!!」

「さゆり!!」

 太郎と佳澄が同時に叫んでいた。それでも声を出すだけで精一杯で、さゆりのもとへ駆けつけることなどできない。さゆりの甲羅が消えようかというその時、凛とした声が静かにそれでいて全員の耳に届いた。


「…封!」


 白雪だった。パンッと合わされた手の音とともに、島を囲む十二神将が光の柱となって三つ鳥居に集まっていく。同時に海に潜む妖の気配がすべて弾き飛ばされるのを感じた。浜女御を除いて。

『…海に還りな』

 狼の姿の黒鉄が浜女御に飛びかかり、その伸びた喉に食らいついた。数度、浜女御の袴から伸びた蛇の尾が苦しそうにもがき、そして静かになった。

「…黒鉄…皆の手当てを…」

 白雪はそう呟くとその場にとさりと倒れた。黒鉄がすぐさま人間の姿に変化して抱きしめる。よろよろと立ち上がった太郎が水面を見つめた。佳澄もつられるように立ち上がる。水面は少しずつ明るくなっていっているのがわかった。夜が明けようとしてるのだ。

「はー…長かったな」

「ホント」

 さゆりは亀爺にずっと抱き着いたままだったのを思い出して、離れた。亀爺の大きくてしわがれた手が優しくさゆりの肩を撫でる。

「助けて…いただきましたな」

「そんな…私なんて…その、夢中で飛び出しただけで」

「ほんにありがとうございまする。ですが、さゆり様」

「はい?」

「もう二度と、なさいますな。あなた様のような尊い方がかような爺のために身を投げ出すなどなさってはいけませぬ」

「…でも」

「…たとえそれが太郎殿でも、佳澄殿でも同じこと。なにより優先されるべきはあなた様であること、忘れてはなりませぬ。それが護る者の願いです。あなたが命を粗末に扱っては、あなたを護ろうとする者すべてを軽んじて見ているのと同じことだと、思うてくださりませ」

「……」

 さゆりは頷かなかった。さゆりの中で自分と佳澄たちは対等だ。もし皆が自分を護ってくれたなら自分も皆を護りたい。そう心で思っていたので、亀爺の言葉に頷くことはどうしてもできなかったのだ。そんなさゆりの気持ちが嬉しい反面、佳澄は怖くもあった。



「…おひい様、もうそろそろ薬をご用意したほうがいいのではございませぬか」

「……亀爺」

 屋敷の布団で寝込んでいる白雪に、亀爺が痛ましいといった表情で問いかけた。白雪は力のない動作でゆっくりと首を振ったが、反対側に控えていた黒鉄は厳しい表情で割って入る。

「亀爺、年の瀬までに用意してくれ」

「…黒鉄」

「それがこの島の務めだ。そのためにこの島をこうやって何百年も守ってきた。…雪、俺たちはまだお前を失うわけにはいかねぇ」

「…でも」

「さゆりが本当にお前の後継者かどうか見極めるにはまだ時間がいる。その前にお前が死んだら…この国はめちゃくちゃになるぞ」

「……用意、させていただきまする」

 亀爺が畳に手をついて頭を下げるのを見て、白雪は思考を閉じるように眠りにつくのだった。



続く








 




 


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