【6】青年は死角を選んでいた。〜博士のアドバイスは、丁度良い天才〜
その夜――
ギャレットが自分のオフィスで残業をしていると、ホイットモア渉外官がやって来た。
ホイットモアはギャレットに静かに告げた。
「クララ・モリス博士は、明日の午後、NYに来ることを承諾して下さいました。
どうぞ、主任から博士に電話を掛けて下さい」
ギャレットが「ありがとう」と言うと、ホイットモアがオフィスから出て行く。
ギャレットは直ぐさま立ち上がり、ドアを閉めた。
数コールもしないうちに、モリス博士が電話に出る。
「夜分遅くに申し訳ありません。
オーラのギャレット・ロークです」
すると――
モリス博士は明るい声で応えた。
「ええ!
お話はホイットモア渉外官からお聞きしました。
NYの上院議員殺害未遂犯をプロファイルしていた分析官の心理的ケアを、外部機関に一度尋ねたいという依頼ですわね?
捜査官は自宅療養中。
ですが、オーラの精神科医と昨日から面会を拒否しているという。
ホイットモア渉外官によれば、記録に残したくないと仰っていましたね。
良くあるケースですわ」
「ええ」と答えながら、ギャレットはパソコンを操作し、その"実在する捜査官"の資料に目をやる。
「博士はFBI所属の精神科医ですから、違う視点で治療方針などをお聞かせ願えるかと。
それと、もしも、ですが、分析官が博士と話したがる可能性もあるので、NYに来て頂きたく。
お願いできますか?」
モリス博士が間髪入れずに答える。
「もちろんですわ!
こういうケースはオーラが初めてではありません」
すると、モリス博士はクスッと笑った。
「それに、ローク主任捜査分析官はご存知ないかもしれませんが、オーラの他の分析官に意見を求められたこともありますの!
それに、私の仕事は、FBIに縛られているわけでもありません。
飛行機のチケットはホイットモア渉外官が用意して下さいました。
明日の午後1時には、ローク主任捜査分析官のオフィスに伺えます」
ギャレットが柔らかな声音で応える。
「ありがとうございます。
では、明日、お待ちしております」
「ええ!では明日」
そうして、モリス博士からの通話が切れる。
ギャレットはパソコンに表示された、捜査官の記録を頭に叩き込んだ。
翌日、午後1時丁度に、クララ・モリス博士はギャレットのオフィスに現れた。
そうして、応接セットで対面して座り、ギャレットは捜査官の資料が入ったタブレットをモリス博士に渡した。
そして、"有意義なセッション"が始まり、ギャレットは悟る。
モリス博士は、FBIの精鋭プロファイラー達に囲まれているからこそ、プロファイルされない術を身につけている、と。
そうして"有意義なセッション"が終わる頃、ギャレットはふと思い出したように、モリス博士に訊いた。
「FBIの行動分析課には、ヴェイル博士というアドバイザーがいらっしゃいますよね?
オーラにも、ヴェイル博士のようなアドバイザーを置くべきだと思われますか?」
モリス博士は美しく微笑む。
「ええ。
アドバイザーを置くのは良い考えですわ。
でも、アドバイザー本人の本質を見極めないと、その才能ごと、アドバイザーは壊れます。
"丁度良い天才"を見つけることをお勧めします」
「丁度良い天才ですか……」
苦笑して見せるギャレットに、モリス博士は微笑んだまま告げる。
「ええ。
ヴェイル博士の本当のIQは分からない。
彼がIQテストを拒んでいるので。
それに――」
モリス博士が優雅に立ち上がる。
「彼の為に、どんな時にも、氷がたくさん入ったグラスを用意出来る人間も必要になりますから」
モリス博士はそのまま、ホイットモア渉外官に送られてオーラを後にした。
ギャレットは自分のスマホの履歴を辿る。
その時、クロウ捜査官から電話が掛かってきた。
その5分後の会議室には、ギャレットに招集されたチーム全員が揃っていた。
クロウ捜査官が、タブレット片手に椅子にどっかり座ったまま話し出す。
「流石に1週間は痛手だったが、その時間帯にFBIからワンブロックにある花屋付近で停まったタクシーを絞り込んで、令状を取り、ノラがドライブレコーダーを顔認識ソフトに掛けた。
そしたら、一致したよ。
彼はフォギー・ボトムの通りから、流しのタクシーを拾っていた。
そして、約10分タクシーに乗り、現金で支払っている。
それに、今時、100ドル札で支払いし、釣りは貰わずに降りたから、運転手の記憶にも残っていたよ。
それと、彼はタクシーに乗っている時に、小さな茶色のリュックを持っていた」
ギャレットの片眉が上がる。
「フォギー・ボトム?
高級住宅街だな。
それに茶色のリュックは証拠品には無い。
ノラ」
ギャレットがスピーカーをオンにすると、「ハイッ!」とノラが皆のパソコン画面上に現れる。
「彼のタクシー内での映像を流せ」
「了解です!」
その声と共に、青年のタクシーでの様子が映し出される。
青年はタクシーに乗るなり、FBIの"近く"の住所を告げた。
それから彼は、茶色のリュックを腹に抱えるように持って、黙って俯いて座っていた。
そして、財布から100ドル札を出し、運転手が札を受け取り、彼がタクシーから降りて行く。
運転手が「お釣りは!?」と叫ぶところで、映像は終わっていた。
クロウ捜査官が忌々しげに言った。
「腹の刺し傷をリュックで隠していたんだ……!
運転手は彼のことは覚えていないが、『100ドル札を渡してお釣りを貰わなかった客がいた』ことは覚えていたよ!」
「そう言えば……」と、アッシュ捜査官が口を開く。
「彼は花屋の周りの防犯カメラに映っていなかった!
防犯カメラの死角に座っていたから、ヴェイル博士とウェルズ特別捜査官も映っていなかった。
だから、FBIとしては、博士と特別捜査官と彼との立ち位置すら分からない!
これは焦るわ。
彼は防犯カメラの死角になる位置を、下見をしていたのかもしれないわ!」
「つまり――
彼は既に危険を察知していた。
そして、念入りに準備していたことになる。
FBIに出頭する前に、自分の身に何かが起こった時の為に」
ギャレットの冷たい声に、会議室が静まる。
その静寂を破るように、ギャレットのスマホが一回だけ鳴ると切れた。
それは、剣を避けられなかったギャレットからのメッセージを受け取った合図――
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