【4】A.U.R.A.《オーラ》、青年の死を解析せよ〜午前三時、裸足のランウェイ〜
午前三時――
ギャレットが、オーラ本部からパソコンに大量に届いていた仕事を一段落つけた時だった。
鳥が一斉に飛び立つ音がした。
大きな群れではない。
だが、"何か"に怯えて飛び立った、小さな鳥の羽音。
ギャレットは中庭を見た。
このホテルはコの字型に建っていて、中庭があるのだ。
そこを、一人の青年が歩いている。
真っ白なパジャマの上下に、やはり真っ白なガウン――シルクだろう――を羽織って、ゆっくりと中庭を歩いている。
裸足で。
中庭の薄い照明に照らされているその姿は、まるで幻のように儚い。
ギャレットは瞬時に、ヴェイル博士だと認識した。
ヴェイル博士が普通の状態で無いことも。
ギャレットは一瞬で判断する。
彼を"助け"に行くべきか?
この"接触"が、のちの捜査の支障にならないか?
そうして、"見守る"ことを決断した。
まるで、天国のランウェイを歩く、その完璧なスタイル。
ヴェイル博士の顎まであるアッシュブロンドの髪が、サラサラと揺れるのが聞こえて来るような静寂の中――
背の高い、逞しい身体つきの男が走ってやって来た。
マーカスだ。
マーカスはそっと、ヴェイル博士の細い手首を掴んだ。
ゆっくりと振り返るヴェイル博士が、マーカスの厚い胸板に倒れ込む。
マーカスはヴェイル博士を抱き上げると、中庭からホテルの建物に入って行った。
翌朝、8時。
ギャレットのスマホが鳴った。
ギャレットはスマホを掴むと、直ぐに電話に出た。
「マーカス、何か?」
マーカスが穏やかに話し出す。
「昨日はヴェイル博士が高熱を出したせいで、失礼なことを言っていたら申し訳ない。
それで――
奇妙に聞こえるかもしれないが、ヴェイル博士は、パソコンのWebカメラではなく、スマホのビデオ通話でなら、君と直接話すと言っている。
もちろん、君さえ良ければ、だ。
君にはこの件を引き受けて貰うか、早急に判断して貰わなくてはならない。
君の上司の承諾は取ってある。
君はNYに戻り、チームの協力を確認せねばならないだろう?
だから、君がNYに戻り次第にでも」
ギャレットが即座に告げる。
「ご心配には及びません。
チームは私の判断で動きます。
私の上司が承諾しているのなら、私に異存はありません」
そこで一拍置くと、冷徹とも言える冷静な声で、ギャレットは続けた。
「今、FBIは身動きが取れない。
外交。
政治。
FBI内部の制約。
捜査の限界です。
そして、青年の死に隠された情報。
証言の食い違い。
そして『誰が青年をそうせざるを得ないところまで追い込んだのか』すら、分かっていない。
つまり――
まず青年の最後の行動と証言の矛盾を、A.U.R.A.《オーラ》高度犯罪分析局に解析させる、ということですね?」
マーカスも厳しい声で答える。
「そうだ。
私達が今渡せる情報は、昨日君に渡した"説明書"以上のものはない。
では、ヴェイル博士とのビデオ通話はどうする?」
ギャレットが即答する。
「博士とは"同じ空間"に立ちました。
私がNYに戻り次第、ビデオ通話で結構です」
そして、その日の午後。
ギャレットはNYのオーラ本部に戻っていた。
それから、直ぐに会議室に部下達を招集する。
会議室の円卓に座るのは――
現場型プロファイラー、サイラス・ベネット・クロウ捜査官。
内面の動機を読み解く心理分析の専門家、ルーカス・エヴァレット・ヴォーン捜査官。
そして、被害者分析・証言分析型プロファイラー、ヴィクトリア・エレイン・アッシュ捜査官の三人だ。
パソコンでは、ノラが自分のオフィスから待機している。
ギャレットはスクリーンを背にして立っていた。
その横には、渉外担当のローレンス・グレアム・ホイットモアがいる。
ギャレットはFBIから渡された"説明書"のコピーを全員に渡し、マーカスからの"依頼"を話した。
会議室に訪れる、沈黙。
「どう思う?」とギャレットが口火を切る。
クロウ捜査官が口を開く。
「亡くなった青年はタクシーに乗っているよな?
だが、持ち物は使い捨てのスマホだけ。
今のところFBIは、スマホの内容を明かす気は無さそうだし、まず、タクシー会社を洗おう。
もう、一週間経っているのは痛いが、ドライブレコーダーに彼の姿が残っているかもしれん。
何処から来たのか分かれば、地理的プロファイリングも出来る」
ギャレットが「頼む」と一言言うと、クロウ捜査官が会議室から出て行く。
次に、アッシュ捜査官が話し出す。
「彼はまず、刺された状態でも、ヴェイル博士に電話を掛けている。
やはり、ヴェイル博士との方が、ウェルズ特別捜査官より"親しい理由"があったのよ。
でも、現場に出るのには、ウェルズ特別捜査官が早く出られると分かっていたから、ウェルズ特別捜査官にも電話を掛けたんだわ。
出頭するのはウェルズ特別捜査官の元へ、ということだったし。
ただ、この二人はFBIという組織の人間という"括り"では同じでも、役割は全く違う。
この博士と特別捜査官の接点から探れば、亡くなった青年の足取りが掴めそうね」
そして、一拍置くと続けた。
「でも、彼はヴェイル博士によれば、『エレナ・ウィンスロウ』の名前を出している。
彼はどう見ても普通の青年よ。
エレナは資料によると29歳。
年は近いでしょうけど、特命大使の娘で医師、しかもボランティア団体で活躍するエレナと、社会的接点があったとは思えない。
やはり主任が、ヴェイル博士の口から何があったのか、聞いて貰えると助かるわ」
ギャレットが頷く。
「それは分かっている。
今日中にヴェイル博士とは、ビデオ通話をする予定だ。
刺し傷をどう思う?」
ヴォーン捜査官が即座に口を開く。
「はっきり言って"手慣れて"います。
このナイフは小さい。
それでも殺せると判断して刺そうとした。
普段からこのナイフで"仕事"をしているのではないでしょうか?
ただ、この青年は相当運動神経が良かったと思われます。
防御創も無いし、致命傷でも無かった。
揉み合っていて、刺した犯人は弾みで刺せた程度に見えます。写真では。
刺した犯人も、彼に反撃されて怪我を負っている可能性がありますね」
その時、ギャレットのスマホが鳴った。
それはFBI行動分析課、課長、マーカスからのメッセージ――
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