【3】同じ空間に立っただけで。〜天才博士は熱の中で暴く〜
ギャレットが人波に隠れるように、ヴェイル博士に近づく。
最年少で少佐になった軍隊経験もあるギャレットにとっては、難しいことではない。
だが、ヴェイル博士を"観察"出来る位置まで来た時に、突然、赤いドレスの女性がヴェイル博士の前に立った。
「まあ、セオ!
あなた、大丈夫!?
真っ青なのに、こんなに汗をかいてるわ!」
その女性の言葉に、ヴェイル博士が、か細い声で答える。
「あ、ああ……モリス先生。
大丈夫……こういう場所が苦手なだけで……」
ヴェイル博士が自分の額に触れると、その女性が心配そうに紙ナプキンを差し出す。
「モリス先生なんてやめて。
私達、友人でしょう?」
「そうだね。
でも、職場のパーティだ。
ありがとう」
ヴェイル博士が、『モリス先生』と呼ばれた女性の差し出した紙ナプキンをぐしゃりと掴み、壁に寄りかかる。
「セオ、何処かに座った方がいいわ。
だから私は反対したのに。
あなたが現場に出るのは、まだ無理よ」
「それは……もう話し合っただろう?」
「ええ。
あなたの"保護者"とね!
ほら来たわ!」
『モリス先生』が美しい顔を顰めると、背が高く屈強な男が人波を掻き分け、ヴェイル博士と彼女の前に現れる。
行動分析課の課長のマーカスだ。
ギャレットの片眉が僅かに上がる。
マーカスが低い声で尋ねる。
「セオ!
どうした?」
「別に……」
そう答えるヴェイル博士は、どんどん青ざめていく。
マーカスがヴェイル博士の頬から首筋にかけて、大きな手で触れる。
「熱があるじゃないか!
なぜ言わなかった?」
「あなたのパーティをぶち壊せと?」
「そんな事にはならない。
それにこれは、君のパーティでもある。
それにこういう事態の為に、ホテルの部屋を取ってある。
ほら歩けるか?」
マーカスがヴェイル博士の細い肩を抱き、自分に凭れ掛けさせると、ゆっくりと歩き出す。
ヴェイル博士は小さく言った。
「一人で行けます。
主賓が二人消える訳にはいかないでしょう?
部屋番号は?」
「俺が君を一人で行かせられないんだ。
主賓が10分消えたって誰も気にせんさ」
「そう……ですね」
ヴェイル博士が瞳を閉じる。
長い睫毛が青白い顔に影を作る。
マーカスがヴェイル博士を支えながら、ギャレットに向かって少し手を上げる。
『済まない』という合図だろう。
そして、二人は静かにパーティ会場のドアの向こうに消えて行った。
『モリス先生』は複雑な顔をして、シャンパンフルートに口を付けている。
ギャレットもパーティ会場を後にして、ホテルの自室に向かった。
ギャレットがパソコンを立ち上げ、ノラに繋ぐと、パソコンから「ちょっと……!ちょっと!待って下さい!主任!」とノラの叫び声がした。
ギャレットが「早くしろ」と低く告げると、「ハイッ!」と言う声と共にノラが現れた。
ノラは――
モコモコのウサギ模様の入ったバスローブを着て、頭にも透明なヘアキャップをしている。
ノラが勢い良く話し出す。
「まず!
まず、言わせて下さい!
私は人間として、お風呂に入っていました!
そして、ヘアパック中です!」
ギャレットがノラの声に被さるように、再度告げる。
「FBIのお抱え医者に『モリス先生』はいるか?
女性だ」
「了解!
えーと……います!
FBI専属の精神科医のクララ・エリザベス・モリスですね!
モリス博士は、35歳。
既婚。
二人の子供がいます!」
「ヴェイル博士を診療した記録は?」
「えーと……真っ黒で見られません!
掘ると逮捕レベルです!
ただ、何度かヴェイル博士を現場に出すべきではないと、重大犯罪対応群のトップに進言していますね!」
「理由は?」
「真っ黒です!
逮捕レベル!」
「よろしい。
ではヴェイル博士の住所は?
真っ黒か?」
「ハイッ!」
その瞬間、ギャレットのスマホが鳴った。
相手はマーカスだ。
いつも、冷徹な程冷静沈着、次期FBI長官と噂される、入局以来"FBIの精鋭"と名高いマーカス・ローウェル行動分析課長の焦った声を、ギャレットは初めて聞いた。
「ギャレット……!
ヴェイル博士に何をした!?」
ギャレットがパソコンの通信を切断し、静かに答える。
「落ち着いて下さい、マーカス。
私はまだ何もしていません。
ヴェイル博士の姿を認めたところで、赤いドレスの女性が来た。
ヴェイル博士に何か?」
マーカスが歯ぎしりをしながら答える。
「彼は40℃を越える高熱を出している!
そして、意識を失う前に、私に言った。
『ダークエスプレッソブラウンの髪をした、スティールブルーの瞳のプロファイラーが、僕をプロファイルしようとしている。
彼は元優秀な軍人で、今は国の組織のプロファイルチームを率いているリーダーだ。
彼は科学と証拠しか信じていない。
彼にとってはプロファイルは手段であり、彼の目的は容疑者を完全に有罪にすること。
彼は独身で、自宅に人は呼ばない。
そして、彼は銃を二丁、ナイフを一本、常に携帯している。
彼は女性の部下には椅子を引くが、親切心からではない。
早く報告を聞く手段に過ぎない。
彼は部下に差し入れをするが、それは疲労回復を早め、捜査の精度を上げる手段に過ぎない。
彼がいつも立っているのには、次の行動を常に予測している合理的な理由がある。
彼は僕と、まず、同じ空間に立つ。
そして、僕を観察し、僕の証言がどこまで信頼できるのかを見極める為にパーティに来た。
彼の目的は、あの青年の死だ』とな!」
ギャレットが再び静かに言った。
「成る程。
ヴェイル博士はどちらに?」
「今、君に教えるとでも!?
明日、連絡する!」
ギャレットは通話の切れたスマホを見て、呟く。
「確かに、ヴェイル博士は天才だが――"独特"で"繊細"だ」と。
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