【34】透明なボックスの救世主を揺さぶれ。〜見落としていたもう一人の献身の行方〜
それに、エリオは、流石に御曹司らしく抜かりなかった。
ジャコビーの偽名で、この部屋を貸してはいなかったのだ。
エリオはまたもあっけらかんと、ギャレットに説明した。
「トランスはさあ……誰にも見つけて欲しくなかったんだよ。
だから、モーテルの部屋を現金で前払いをして借りてた。
ここのアパートメントも現金で一ヶ月前払いするって言うんだから、きっと一人でひっそり暮らしたかったんだ。
心の整理が付くまでね。
だから、大家さんには――まあ、俺なんだけど――俺が借りたことにしとくって言っといたんだ!
トランスはでっかい身体で恐縮しちゃって、おかしかったな〜!」と。
ギャレットは確信する。
FBIは"もしかすると"モーテルまでは辿り着けるかも知れない。
だが、この部屋には辿り着けない。
エリオがどこかのアパートメントを紹介したのは、あのカウンセリングテープから分かる。
だが、この一ヶ月5千ドルの家賃はするであろう高級アパートメントを紹介されたとは、"誰も"考えはしないだろう。
ジャコビーはヴェイル博士に追い詰められながら、周到に財産を現金化し、逃亡に備え、隠していた。
だが、こんな部屋に二年間も潜伏していたら、金は一年で尽きる。
ギャレットはその場でホイットモア渉外官に連絡し、FBIがまだ動いていないことを確認すると、エリオに告げた。
明日にでもこの部屋を完全に"清掃"させ、トランスの"私物"を君が預かれ、と。
エリオは、ビー玉の様に澄んで光っているように見える、特徴的なブルーの瞳を潤ませて言った。
「そうだね……。
トランスが保護されたら、トランスのお気に入りの本や、俺があげたサボテンを渡してあげなきゃ。
冷凍庫の食事は、きっと食べちゃうけど」
そうして、ギャレットはエリオがホテルに帰るのを見届けると、トランスのアパートメントに戻り、チームを召集した。
クロウ捜査官もヴォーン捜査官もアッシュ捜査官も、全員が驚いていた。
特に、犯人の内面の動機を読み解く心理分析の専門家のヴォーン捜査官の驚きは格別だった。
ヴォーン捜査官が早口で捲し立てる。
「エリーは本当にジャコビーの世界を変えている……!
それに、もしかすると、これがジャコビーの本来の性格ではないでしょうか?
本人は厳しく躾けられたと言っていたが、それは裕福な家庭の躾けの範囲だった。
当時のFBIの記録でも、学生時代や教師になってからも、特に強迫観念や虚栄心が原因のトラブルを起こしたことは皆無だ。
生徒たちの評判は『厳しいけど、5分前に授業を終わらせてくれる気の利く先生』だった。
この部屋の主と一致します!」
すると、クロウ捜査官が慎重に口を開いた。
「だが、結婚生活がジャコビーに与えた影響はもう、問題じゃない。
ヤツは『週末の爆弾魔』という最悪の選択をした時、終わったんだ。
ヤツは単にラッキーだったんだよ。
ヴェイル博士から逃げ切り、エリーに見つけて貰えた。
最後は自分らしく生きられた。
それよりも、リアムがここのプライベートビーチで砂の城を作る練習、もしくは、エレナにここに来て貰い、砂の城を見せた可能性が高い」
アッシュ捜査官も静かに言った。
「ええ、そうね。
それに、エレナとリアムが海でレジャーを楽しんだとしたら、ここはベストな場所よね?
プライベートビーチで、ここがエリーの持ち物なら、ビーチを簡単に貸し切りに出来る。
自己評価の低いリアムだって、ここなら、エレナと海を楽しめる」
次の瞬間、ギャレットの厳しい声が響く。
「そして、ジャコビーは邪魔はしなかっただろう」
三人が一斉にギャレットを見る。
「ジャコビーは、"特命大使のお嬢様"がどんな存在か、理解していた筈だ。
エレナに自分の顔を見せる危険性も含めて。
そして――
なぜ、ジャコビーはシアトルで、あのタイミングで動けたのか?
ジャコビーはエリーの為なら命を投げ出す。
だが、リアムのFBIの出頭が未遂に終わったのを、なぜ、知っていた?
この件は極秘扱いだ。
それに、リアムが亡くなったからと言って、ジャコビーが命懸けでエリーを守る理由とは?
我々は何かを見落としている」
「しかしなあ……」とクロウ捜査官が腕を組む。
「リアムの苗字すら分からない!
エリーはきっとリアムが"生きて"FBIの証人保護下にいると信じているだろうから、俺たちが下手に質問をしたら、間違いなく疑われる。
だから、主任もエリーにリアムの苗字を訊かなかった、だろ?」
「ああ」とギャレットが短く答えて、続ける。
「だが、リアムはジュリアン・クロフォードのペーパーカンパニーの部屋に住んでいた。
エレナが一時的に滞在するのに満足出来る、豪華な部屋だ。
エリーなら、クロフォードとリアムの接点を知ってるだろうが、エリーは今、ジャコビーの行方不明の件で頭が一杯だ。
クロウの言う通り、エリーに質問は出来ない」
アッシュ捜査官が付け加える。
「ノラが調べたあの透明なボックスの店の雇用人物にも、リアムの名前はなかったし、ね。
給与形態は、社員以外は現金払いが殆どだし」
その時、ギャレットがフッと笑った。
凍りつくような笑みに、三人が固まる。
「決まりだな。
ジュリアン・クロフォードを揺さぶろう。
クロフォードはエリーを可愛がっていた。
本人が辟易する程に。
そして、エリーは、リアムがクロフォードのお気に入りだと言っていたが、本当にそうだろうか?
可愛いエリーの親友だったから、雇ってやった。
そうしたら、お気に入りの一人になった。
もしくはエリーの手前、リアムを大切にしていると"見せる"必要があった。
例えば、高級アパートメントに住まわせてやる、とかな」
クロウ捜査官が前のめりになる。
「どうやって揺さぶる!?」
ギャレットのスティールブルーの瞳がギラリと光る。
「俺とクロウとヴォーンは、店で"遊ぶ"。
従業員に聞き込みをしても何も出ないだろうが、彼女たちは救世主に誓いを立ててる訳じゃない。
お喋りしてくれるさ。
金さえ積めば。
"バカンスを楽しむ上客"になる」
アッシュ捜査官がクスッと笑う。
「あら?
じゃあ私は?」
ギャレットが即答する。
「君はエリーと、連絡を絶やすな。
エリーに我々が"トランス"を保護する側だと信じ込ませろ。
そして、FBIが来たら連絡を」
「了解!」とアッシュ捜査官が答えて、クロウ捜査官とヴォーン捜査官も頷いた。
だが、ギャレットは翌朝思い知る。
エリーの"神様のギフト"を授かった者の覚悟と、献身の底しれぬ深さを――
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