【33】悲しくて途方に暮れた二人の男。〜奇跡の残骸が光る部屋と、砂の城を作った砂浜〜
そのアパートメントは"十分に"豪華だった。
爆弾魔ジャコビーの印象とはかけ離れた『トランス・ジェフリー』の部屋には、ベッドルームが二つに書斎があり、広々としたリビングの窓からは海が見え、南国にあるような大きな観葉植物と、小さな観葉植物が溢れていた。
そして、本。
本棚にズラリと並んでいるが、ギャレットから見ると、強迫観念に駆られて並べた様子はまるでない。
この部屋全体もそうだ。
白い壁紙に木製の家具。
椅子に無造作に置かれたシャツ。
そして――
棚に飾られた小さなサボテンの数々。
エリーが微笑んで、サボテンを一つ手に取る。
「これさあ……俺がゲームで負けた時にあげてたんだ。
トランスは驚いて……喜んでくれたけど、トゲを怖がって……。
面白かったなあ……。
どう?
プロファイルしてみた?
トランスはどこに行っちゃったのかな……」
ギャレットはやさしく言った。
「なあ、エリー。
まず、ソファに座ってくれないか?
君にジェフリーについて、大切な話がある」
「いいよ」と、エリオが茶色のソファに座る。
ギャレットはエリオの正面に座ると、言った。
「我々はNYのオーラ本部から来た。
私はギャレット・ローク主任捜査分析官。
そして、トランス・ジェフリーは偽名だ。
彼は、NYに関わる"素性は明かせない大物"で、行方不明なんだ。
私たちも彼を探しに来たんだよ。
保護する為に」
エリオがホッと息を吐く。
「……保護!?
保護してくれるんだ!
来て!」
エリオがパッと立ち上がり、キッチンに向かって歩いて行く。
ギャレットがその後を追うと、エリオは冷蔵庫を開いていた。
「見てよ……。
俺の大好きなお茶のペットボトルしか冷やされてないだろ?
トランスは、普段から色々な食材を欠かさなかったんだ。
俺の為に料理をしてくれて、自炊もしてた……」
エリオはそこまで言うと、冷凍庫を開けた。
中には――
調理済みの料理が冷凍されていた。
電子レンジに掛ければ、直ぐに食べられるように。
そして、賞味期限のメモまで貼られていたのだ。
エリオのブルーの瞳から涙が零れて落ちる。
「トランスは自分で消えたんだ。
こんなに用意周到に、俺の好物を残して……。
トランスが、NYで何をしたかは知らないよ。
でも、彼は俺の友達だったんだ。
見えるだろ?
この冷凍庫の中身のさ、トランスのやさしさが……」
ギャレットの頭にふいに蘇る。
「このグラスが見えますか?
グラスの中の氷が、きらきらと光を反射しているのが見えますか?
この欠片一つ一つに、きらきらと輝く愛情が――」
熱を出して、掠れた声で言った、ビデオ通話の中のヴェイル博士の声が。
この冷凍庫の中の一つ一つの料理にも、きらきらと輝く愛情が光っていた。
ギャレットは「ああ、分かるよ」とやさしく言うと、静かに冷凍庫を閉めた。
そして、パパッと涙を指先で拭いているエリオに言った。
「トランスはFBIに追われている。
トランスは君の話を誰かにしたくて、精神科医のカウンセリングを受けると言う形で、君の話をしていた。
そのテープはもう、FBIに押収されている。
我々はそのテープをFBIに共有してもらい、分析し、あのビーチに辿り着いた」
「ビーチ……」
ポツリと呟くエリオに、ギャレットが言う。
「君は砂浜の上で、ムーンウォークをしただろう?
トランスはとても喜んで話していたよ」
再び涙を零すエリオに、ギャレットが力強く告げる。
「FBIはトランスを逮捕する過程で、君に辿り着くだろう。
彼らはトランスを逮捕する為に、君から情報を引き出そうとして、揺さぶりを掛けるだろう。
両親、兄弟、友達……そしてトランスに関する事も――
全てが君を揺さぶる材料になる。
君は一人暮らしか?」
エリオが真っ直ぐにギャレットを見て答える。
「今は違う。
お祖父様とお祖母様がマイアミに来てるから、ホテルのペントハウスで、兄貴と姉さんと四人で暮らしてる」
ギャレットが頷く。
「良し。
君は明日から仕事を休め。
どんな理由だって良い。
そして、自宅に籠もっていろ。
もし、FBIが来ても、弁護士に対応させろ。
絶対に接触するな。
明日、我々から連絡する。
これを」
ギャレットが使い捨てのスマホを差し出すと、エリオは涙を零しながらクスッと笑った。
「オーラはいつでも使い捨てのスマホを持ってるの?
そして……ギャレット……あんたはいつも銃を二丁とナイフも持ってる、だろ?」
ギャレットのスティールブルーの瞳が見開かれる。
「どうして、分かった?」
エリオはまるでお天気の話でもするように、あっけらかんと答える。
「俺はさ、大金持ちの末っ子なワケ。
だから、誘拐なんかに備えて、小さい頃から護身術とかね、色々習ってて。
だから、ギャレットみたいに"堂々と"銃を二丁、そして足首にナイフを隠し持ってる人間は分かっちゃうんだよ、自然にね」
「そうか。
そしてこの部屋の家賃を、君はトランスに安く言った。
その肩代わりもしたんだろ?
なぜ?」
エリオが肩を竦める。
「肩代わりじゃないよ。
元々、このアパートメントは俺の持ち物だから。
トランスには格安で貸しただけ。
なぜ、かあ……」
そう言うと、エリオは本棚に視線を向けた。
「トランスを初めて見た時にさあ……。
俺の定番のビーチのベンチに、朝からオジサンが座ってるなーって思った。
そしたら夕方も座ってて。
そして、あのオジサンは、悲しくて途方に暮れて、あのベンチから立ち上がれないんだって分かったんだ。
自然にね。
ギャレットの銃やナイフと同じ。
だから、立ち上がるキッカケを作っただけ。
まあ、練習はしたよ?
ムーンウォークのね!」
そして――
エリオはギャレットの目の前でムーンウォークをして見せた。
波の音をバックミュージックに、キッチンの床で。
そして、微かに微笑んだ。
「トランスは話してみると面白くてさ……。
凄く頭が良くて教養もあって、でも、不器用なんだ。
手先は器用なのに、心が、ね。
やさしくて、俺をお坊ちゃま扱いせずに、自分と対等に扱ってくれる大人の友達……。
俺の周りの人間は、俺に色々と"求めがち"なんだよね。
例えば、ギャレットはさあ、俺が突然、真剣に砂の城を作り出したら、どう思う?」
ギャレットは表情一つ変えずに答える。
「何をしてるんだ?と思うな」
すると、エリオがパッと笑顔になった。
花の咲いたような。
「だろ!?
でもさ、トランスは俺たちよりずっと年上なのに、一緒に砂の城を作ってさあ!
どうしたら、もっと崩れないか、とか!
どうしたら、もっと精巧な砂の城になるか、とか、一緒に考えて、作ってくれるんだよ!
凄くない!?」
「ああ」
ギャレットはそう答えるのが精一杯だった。
神様のギフトの存在の前で、その神様のギフトが与えた奇跡の残骸が光り輝く部屋に立つ自分が、ベンチに座っていたジャコビーと同じ――
バージニアで別れを告げた全てに、悲しくて途方に暮れていることを実感せずにはいられなくて。
そして、リアムが砂の城を最初に作った場所は、ジャコビーのリビングから見えるプライベートビーチだったと、エリオから話してくれたのだった――
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