【32】マイアミビーチで爆弾魔を心配する存在。〜夕陽の先に待つものの正体〜
約三時間のフライト中――
専用ジェットのオーラのメンバーは、ジャコビーことトランス・ジェフリーのカウンセリング内容を聞いていた。
それは、ノラがジャコビーが人名・土地の名前を口に出した時に絞った短縮版だ。
だが、短縮版とは言え、ジャコビーは殆ど『エリー』について話していた。
三時間では到底全て聞くことは出来なかったが、その中で、ギャレットが新しく知ったことは、一つだった。
エリオはジャコビーを、ジュリアンに会わせてはいなかったのだ。
ジャコビーはいつものように"照れくさそう"に話していた。
「エリーがこの前、私のアパートメントに来た時、素晴らしいタキシードを着ていて。
とても似合っていたから、褒めたんです。
すると彼はブスッと膨れてしまって。
『あー!行きたくねー!
俺ってさあ、パーティとか好きじゃないの!
こう見えて、ね!
アルコールもアレルギーがあるから、飲めないし!』と言って。
それで、私を見てニコッと笑うと、タキシードの上着を脱いで、ソファに置いてしまって。
そして『トランス〜!チェスしよう!チェス!』と言って、駒を並べ出して。
私は特に"することもなかった"し、エリーは物凄くチェスが強いから、逆に面白くてね。
いつも、負けた方が料理を作るんです。
ええ、簡単なもの。
でも、エリーは料理が苦手らしくて、私が作ったパンケーキなんかでも感動して食べてくれる。
だから負けても、とても嬉しくて。
別れた妻は私が料理をしても、それが当然という態度だったし、子供たちにも、妻がたくさんの習い事をさせていて、手料理を食べさせることも余りなかったので。
エリーはいつも言うんです。
本当に美味しそうに食べながら。
『トランス!パティシエになりなよ!
渋いイケメンのパティシエ!
絶対話題になるって!
トランスのパンケーキで世界が変わるよ!』とね。
でも、その夜は、スリープモードにしていたエリーのスマホが何度も光って。
エリーはとうとう電源を切ってしまった。
私は心配になって言いました。
『急用じゃないのかい?
嫌ならメッセージでいいから、返事をしてあげたら?』と。
私は、私の中に、他人を思いやる気持ちが残っていることに驚いた。
すると、エリーは笑って言ったんです。
『平気、平気!
この人、俺を可愛がりすぎるんだよ。
俺が行かなくても良いパーティに呼んだりさあ。
だからいつも写メ撮る時は絶対に笑わない!』って。
私も笑ってしまった。
余りに、エリーらしくて。
そして、エリーがスマホの電源を入れて見せてくれました。
SNSの『笑っていないエリー』を。
そして、隣にいた人物に驚いた。
マイアミの投資家で、著名な方だったので。
でも、その方の気持ちも分かります。
エリーが自分を受け入れてくれて、懐いてくれたら、誰だってエリーを可愛がりたくなる。
私はエリーの"負担"にならないように、エリーが変えてくれた世界に存在しているだけで満ち足りていました。
エリーは悪戯っ子の様に笑って言いました。
『こんな彫刻みたいな顔してさあ〜!
絵を描くのは分かるよ?
でも、釣りが好きで、何時間でも釣り糸を垂らしてるの!
まあ、トランスは会わない方が良いよ!
面倒くさいヤツだからね!』って。
ええ、その方には会ったことはありません」
A.U.R.A.フロリダ支局に着くと、支局員が早速、ギャレットたちを専用会議室に案内してくれた。
もう、夕方の4時になるところだ。
11月のマイアミは、夏の猛暑や湿気が和らぎ、過ごしやすい筈だが、やはり最高気温は25℃から28℃と、NYとはまるで違っていた。
エアコンの効いた部屋で、スクリーンを背に立ったまま、ギャレットが口を開く。
「三時間しか聞けなかったが、ジャコビーとエリオの関係性は把握出来ただろう。
どう、動く?」
まず、クロウ捜査官が言った。
「エリオはジャコビーに気づかなかった。
まあ、マイアミの猛暑で日焼けをしたり、髪の色を変えただけでも印象は変わる。
それにジャコビーの手配写真を見たことはあっても、生身の人間となると、かなり印象も変わるだろう。
シアトルの事件は知ってるだろうが、エリオはジャコビーこと、トランス・ジェフリーが自滅したとは気づいていないんじゃないか?
だから、『行方不明者、トランス・ジェフリー』を捜索するのはどうだ?」
ヴォーン捜査官が頷く。
「俺も賛成です。
ジャコビーは、ジュリアンに会っていない。
ジュリアンに後ろ暗いところがあれば、我々が動くと証拠隠滅をしかねない。
リアムの為にも、ね」
続いて、アッシュ捜査官が言った。
「それにエリオなら、ジャコビーがいなくなって心配してるんじゃないかしら?
彼は賢いわ。
部屋に入っただけで、彼の"不在"が分かる筈よ」
ギャレットの鋭い声が響く。
「よろしい。
では『トランス・ジェフリー』を、NYに関わる"素性は明かせない大物"の行方不明者に仕立てよう。
完璧な嘘をつくなら、少しの真実を混ぜることが重要だ。
少しの真実――それは我々がNYから来たということ。
エリオなら我々がNY方面の人間だと、一目で見抜く。
丁度夕暮れ時だ。
マイアミビーチにある、エリオの『パラソル付きのベンチ』を探せ。
我々が歩いているだけでも、エリオから話し掛けてくる可能性もある。
ノラにベンチの貸し出し業者のリストを送らせた。
エリオと接触出来たら、我々の身分証を見せて、『トランス・ジェフリー』を探していると言え。
時間との勝負だ。
ホイットモアによれば、まだFBIの行動分析課は、バージニアから動いていない。
解散」
そうして、ノラからのレンタル業者のリストを手分けして確認することになり、四人は別行動を取った。
ギャレットは、まだ熱い砂浜を歩きながら、革靴を履いて、こんな美しいビーチを歩いている自分がおかしくなった。
打ち寄せる波は透明で。
人々はみんな楽しげで。
苦しみを持つ人間など、地球上に一人もいない様に見える。
そして、ギャレットが担当したレンタル業者の記録から、エリオ・エヴァレットの名前も、トランス・ジェフリーの名前も無いことを確認すると、メンバー全員にメッセージを送る。
クロウ、ヴォーン、アッシュの三人からも、二人の名前が無いことを確認すると、ギャレットは浜辺から陸へと向かい、革靴を脱いだ。
そして、靴からザーッと流れ出していく砂を見ていた。
その時だった。
夕陽を背にした大学生くらいの男性が言った。
「あのさあ……砂ってそれだけじゃあ落ちないよ?
爪先に結構溜まるの知ってる?
都会の黒スーツさん!」
ギャレットは眉一つ動かさず答える。
「いや。
知らなかった。
ありがとう」
「マイアミは初めて?」
「ああ、砂浜を歩いたのは」
ギャレットの答えに、男性がニコッと笑う。
「マイアミに来て砂浜を歩かないなんて!
黒スーツさん、もしかして警察の人?」
「ああ」
ギャレットの短い答えにも、彼はにこにこと笑顔のままに言った。
「じゃあ質問しても良いかな?」
「どうぞ」
ギャレットが身分証を見せる。
すると、その男性は目を丸くした。
ビー玉の様に澄んでいて、光っているように見える、特徴的なブルーの瞳を。
そして、彼は一気に話し出した。
「おー!!
本物のオーラだ!
俺、初めて会ったよ!
スゲェ!
あのさ!
他人だけど、友達なんだ!
その人がいなくなっちゃって!
おかしいんだよ!
俺に黙っていなくなる筈ないのに!
でも、俺ら他人同士だから、行方不明届が出せなくて!」
「その人の名前は?」
「トランス・ジェフリー!
あ!」
「何だ?」
ギャレットの片眉が僅かに上がる。
「トランスのアパートメント、ここから車で15分だから!
来てみてよ!
絶対に何かあって、トランスは帰って来れなくなったって分かるから!」
――必死だ。
ギャレットは思った。
演技じゃない。
彼は本当に『トランス・ジェフリー』を心底心配している。
ギャレットの返事も待たず、彼が黄色のオープンカーに乗り込む。
そして、叫ぶように言った。
「俺はエリー!
後を付いて来て!」
ギャレットは自分の黒のSUVへと全速力で走った。
ギャレットがSUVに乗り込むのを確認したのか、オープンカーは走り出す。
夕陽を浴びてオレンジ色に光るオープンカーを追うギャレット。
その先にあるものは、神様のギフトが与えた奇跡の残骸か、奇跡の存在か――
待つものも知らず、ギャレットは、ただハンドルを握り続けた。
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