【29】神様のギフトの断罪よりも残酷な答え。〜誰のせいでもない雨に濡れて〜
ジャコビーが"穏やか"に話を続ける。
「エリーは『知ってるよ!ニュースの範囲だけね!』と答えると、悪戯っ子のようにニッと笑って言いました。
『でもさあ〜!
ジャコビーの"気持ち"をニュースは教えてくれないじゃん?
ジャコビーの奥さんの言い分は分かるよ?
ジャコビーを悪く言わなきゃ、自分と子供たちが破滅するからね!
でも、ジャコビーが"全部悪い"かは、俺には分かんない。
だいたいさあ、奥さんの昇進を妬んだからって、『じゃあ今日から俺は爆弾魔になります!』ってなる?
そんなに単純なものじゃないでしょ?
人生って!
生きて行くだけで辛い日もあるし!
誰のせいでもないのに、雨が降って、俺たちは濡れるし!』と。
私は頭を殴られたような感覚を覚えました。
この27歳くらいの青年が、人生の真理を言っている。
しかも、ニュースを見ても、それを鵜呑みにしていない。
だから、私は訊いた。
FBIの正式発表を見たかい?と。
すると――
エリーはアハハと笑い飛ばしたんです。
『FBIは、ジャコビーを逮捕する為には、どんなことでもするよ?
例えば、ジャコビーをわざと刺激する情報を流すとかね!
良くあるやつ〜!
それで逮捕したら、後で訂正の記者会見をちょろっと流して終わり!
まあジャコビーが爆弾を爆発させたのは、圧倒的に悪いよ?
罪のない人たちを恐怖に陥れた。
そして、公共の建物を破壊した。
ただ、一つだけ、ジャコビーは一線を越えなかった。
欲望に駆られた犯罪者や差別主義者、それとテロリストなんかと違って、人間を標的にしなかった。
でも、FBI側に立ってみてよ。
捜査の為に何でもやる!ってなるよね?
それが彼らの仕事じゃん?』と。
私は、神様が本当にいると、人生で初めて思いました。
教会に行くのは人生の義務だと思っていた。
でも、私の目の前に、神が下されたギフトのような人間が、現実に存在するんです」
ギャレットは思わず、テープをまた一時停止した。
今までの自分なら――
ヴェイル博士に出会う前の自分なら、痛まなかった胸が痛い。
今までの自分なら、切り捨てていた側の犯罪者にも、共感している自分がいる。
『エリー』の言う通りだ。
俺たちはジャコビーを逮捕する為なら、どんな"揺さぶり"も掛けただろう。
妻の証言もそうだ。
自分と――
何より子供たちを守る為なら、もう爆弾魔として烙印を押された元夫を悪く言うに決まっている。
FBIの取り調べが"スムーズに行く"ような証言だって、進んでしただろう。
俺たちは、ジャコビーの"気持ち"を考えたか?
否。
プロファイルしただけだ――
ギャレットはスマホを掴んだ。
ノラが「ハイッ!」と勢い良く通話に出る。
「SNSのハッシュタグを調べて欲しい。
『世界が変わる』
この言葉を使っている、並べ替えている、その他、この言葉に繋がるハッシュタグだ」
「えーと……もの凄い数があります!
うわー……!!
スピリチュアル系とか、新興宗教でも個人でも世界中でわんさか出ます!!
億単位ですよ!億!
絞る情報を下さい!」
「位置情報をマイアミに絞れ」
ギャレットの鋭い声に、ノラが直ぐ様答える。
「えーと……!!
それでも、かなりの数です!」
「男性、髪の毛はサンドブロンド、瞳の色はブルーで顔認証に掛けろ。
ブルーは特徴的な瞳だ。
ビー玉の様に澄んでいて、光っているように見える。
年は20歳から22歳」
「ちょっと……お待ちを……!!
って……!
えぇ!?
何で!?
うわー!!
うわー!!
大変ですッ!!」
ノラが悲鳴じみた声を上げる。
ギャレットが静かに訊く。
「何だ?」
「ジュリアン・クロフォードのSNSに、主任の言った通りの外見で、ハッシュタグ『船上パーティ』『マイアミ』『親しい友達』『シャンパンはロゼ』そして最後に『世界が変わるから』です!」
「その画像を」
「もう、送りました!」
「ご苦労。
では、明日、この青年に絞って、全てのSNSでこの青年を顔認証に掛けろ」
「了解です!」
ブチッとノラから通話が切れる。
ギャレットはパソコンに送られたその画像を見た。
船上パーティの中心にいるクロフォードは、彫刻のように美しい顔を崩し、楽しそうに笑っている。
そして、その隣には――
サンドブロンドの髪の毛を海風でなびかせ、ジャコビーの言った通り、まるでビー玉の様な澄んだブルーの瞳をした20歳くらいの青年がつまらなさそうに、カメラを見ていた。
ギャレットはそこで、一旦リビングに向かった。
なぜなら、もう22時を過ぎていたからだ。
リビングの照明は落とされ、ダイニングテーブルに灯りが点いている。
ロドンはどこにもいない。
きっと裏庭から放たれ、森の中を駆けているのだろう。
ダイニングテーブルに向かうと、そこにはクロワッサンのローストビーフサンドと白いメモが置かれてあった。
「だって……クロワッサンを温めて、後は切るだけだから……」
そう言って、ヴェイル博士が、ちょっぴり膨れた顔をして横を向いて言ったことを思い出す。
メモには『先に休みます。ロドンは遊びに行ってます。お疲れ様。S』と書かれてあった。
ギャレットは一瞬、ヴェイル博士の様子を見に行こうかと思って、止めた。
寝入りばなに起こすかもしれないと思って。
そして、ブラックコーヒーを淹れると、ローストビーフサンドを食べた。
そして、考える。
ジャコビーはどんな"気持ち"で、『エリー』に『爆弾魔ジャコビー』をどう思うか聞いたのだろうか?と。
きっとジャコビーは、聞かずにはいられなかったのだろう。
神様のギフトが、自分を断罪してくれたら、離れられた。
だが、神様のギフトは――
断罪よりも、もっと残酷だったのだ。
ジャコビーをやさしく包んだ。
ニュースを鵜呑みにせず、『爆弾魔ジャコビー』の"気持ち"が分からないから、分からないと正直に答えてくれた。
そして、FBIなんだから、どんな手を使って捜査をして当然だと言いながら――
『一つだけ、ジャコビーは一線を越えなかった』と言った。
そう、ジャコビーは、人間は殺していない。
そして、ジャコビーは突然、爆弾魔になった訳ではない。
誰のせいでもないのに、雨は降る。
雨に打たれても、何とも無いと思っていた過去の自分が、ギャレットには不思議に思えた。
こうして、ローストビーフサンドを食べて、幸福を噛み締めている自分が、本当の自分だと、本能が告げてくる。
そして、あの青年はジュリアン・クロフォードとも知り合いだった。
船上パーティに招かれ、彼の口癖をハッシュタグに使われるくらいには。
そうして、ギャレットは確信する。
あの青年こそ、リアムの幼馴染だと。
そのギャレットの確信は、証明される。
皮肉にも『爆弾魔ジャコビー』の"証言"のお陰で。
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