【28】世界が変わった砂浜のダンス。〜爆弾魔が『エリーとトランス』になった日〜
ギャレットは博士との遅めの昼食――もう夕方近かったが――を終えると、「仕事が残っていますので」とヴェイル博士に言い残し、客間の寝室に戻った。
博士はにこりと微笑み、「僕のことは気にしないで」と言って、ロドンと一緒に裏庭に出て遊び出した。
ギャレットはヘッドホンをすると、今朝半分まで聞いた、ジャコビーの初日のカウンセリングテープの内容を再生する。
ジャコビーはまた"照れくさそうな声"で話し続けていた。
「それから二日間、その青年は現れなくて。
私は近くのビルの仕事が終わって、離れた場所の仕事でもしているのかと思いました。
私は何となく、彼の"定番のベンチ"から離れがたくて、毎日そこに朝から夕方までいたんです。
そうしたら――
三日目の午後四時頃、突然、『オジサーン!俺、死にそう!』と言って、彼がベンチに雪崩れ込むように座った。
私は真っ青になった。
そして、彼を必死に仰向けにしてやった。
すると、彼はニコッと笑うと、凄い勢いで話し出した。
『もうさあ〜……あのビルの仕事、マジで大変だったの!
お偉いさんが絡んでてさあ〜。
俺は、そんなこと知らなかったし、あのビルの社員じゃないって言うのに、クライアントに説明までさせられて!
そしたら今度は二日、うちの会社にカンヅメ!
書類仕事!
もう、21世紀だよ!?
手書きの書類を渡せとか、あり得ないよー!』
ってね。
そして、リュックからあの緑茶のペットボトルを取り出して、私に『ハイ!』って当然の様に渡すと、自分もごくごく飲み出した。
私は――
笑っていた。
何年かぶりに。
彼は私が、彼の"定番のベンチ"にいると思ってくれていた。
そして、私の姿を見て、私にまず愚痴を言いたかった。
それは、信頼です。
些細なことでも、信頼には変わりないでしょう?
"本当の他人"に愚痴を言ったりは、しない。
そして、彼は一息付くと、またニコッと笑って言いました。
『驚かせてごめんね!
お詫びに面白いもの見せてあげる!』って。
私は止めようとしました。
だって彼は"疲れていた"のだから。
でも、彼は私にあの緑茶のペットボトルを渡した様に、『ハイ!』と言って白いイヤホンの片方をポンと飛ばして来て。
私は思わず受け止めた。
彼は一方のイヤホンを耳に入れると、自分の耳を指差した。
私はイヤホンを耳に差し込んだ。
そうしたら、マイケル・ジャクソンの『ビリー・ジーン 』が流れ出した。
彼は夕陽を背にして、軽々と踊り出した。
そうして、ムーンウォークをした。
砂浜の上で。
そして、ラストに近くなると、私のストローハットの中折れ帽をスッと――流れる様に手にして、一度被ると、ストローハットを空に向けて投げた。
そして、まるでストローハットが彼の頭に吸い込まれる様に、ストンと落ちた。
彼は私のストローハットを胸にして、私に一礼した。
私は、何も言えなかった。
ビーチにいた人たちが、彼に拍手喝采している中、私はただ、固まったように彼を見つめていることしか出来なくて。
でも、彼はそんな人たちを簡単に振り切ると、私の元にやって来た。
そして、『どう?』と笑った。
私は言いました。
『世界が変わったよ』と。
彼は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
そして、言った。
『オジサン、分かってるー!』って。
そうして、私たちは友達になったんです」
カウセリング、二日目――
ジャコビーはまたも"照れくさそう"に話し出す。
「あの後、彼から自己紹介してくれました。
彼の名前は控えますが、愛称はエリー。
彼は会社員で、その会社がちょっと面白くて。
"何でも屋"の巨大企業だったんです。
ええ、そう。
マイアミに本社がある総合ファシリティマネジメント企業です。
そこのIT部門で働いていて。
私が元教師で、今は休職中だと言うと、彼は目を丸くして言いました。
彼の瞳は少し変わっていて。
髪の毛はサンドブロンドなんですが、瞳がブルーで……。
そのブルーが変わった色で。
まるでビー玉みたいに透き通って、光っているんです。
そのビー玉みたいな、美しい目を丸くして言いました。
『オジサン、渋いイケメンだから、最初マフィアのドンかと思った!』って。
私は"渋いイケメン"なんて言われたことはなかったから、思わず笑った。
そしたら……エリーはにっこり笑って……。
『オジサンの笑顔、スゲー良いよ!
いつでもそうして笑ってなよ!』って言って……。
私はそんなことを言われたのも、初めてだった。
仕事柄、厳格であらねばならないと信じていたし、親も私を厳しく育てたので。
学生の時も真面目一筋だったから。
別れた妻と子供たちの前だけです。
笑顔でいたのは。
それで、まあ、私も名乗りました。
すると、彼は……」
ジャコビーが"楽しそうに"笑い出す。
「笑ったりして、すみません。
彼はこう言ったんです。
『ねえ、オジサン!
トランスって呼ばれるのと、ジェフリー元先生って呼ばれるの、どっちが良い?』って!
そんな選択肢、意味ないじゃないですか!」
爆笑するジャコビー。
「私は笑って『トランスで良いよ』と答えていた。
エリーもアハハと笑うと言った。
『俺のことは、親しい人はエリーって呼ぶよ!
ちょっと女の子みたいだよね?
でも覚えやすいでしょ?』って。
それから私たちは『エリー』と『トランス』になった。
そして、私たちはスマホの番号を交換して。
エリーが『俺たちのグループメッセージを作ろう!』って言い出して。
『T&E』というグループメッセージを作って……。
エリーはそこに色んな画像を貼ってくれた。
朝起きた時に見た、朝日に照らされる光景から、リンゴ一個とマグカップ……。
休憩中の自撮り写真……。
私は一人でも、あのエリーの定番のベンチに座り、美しい海と太陽の元、スマホを見て笑いが絶えなかった。
私は画像は"貼れなかった"が、エリーは私に何も言っては来なかった。
ただ、私が『いいね』と返すだけで、エリーは『どう?世界変わった?トランスも良い一日を!』とメッセージをくれて……。
そして一ヶ月もすると――
私は二人でランチ中に、エリーに訊いていました。
犯罪について。
ええ、倫理観ですね。
例えば『週末の爆弾魔』マイク・ジャコビーについて、どう思うか」
ギャレットが音声を一時停止し、メモ帳に走らせていたペンを止める。
そして、一度呼吸を整え、再生する。
『エリー』の答えは、ギャレットもFBI行動分析課ローウェル課長も――
ヴェイル博士でさえ、思いもよらないであろう"答え"だった。
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