【27】透明なボックスの救済者。〜マイアミの夏へ近づく鍵は、バイオリンの余韻の中に〜
ギャレットはあの後、洗面所に走り、顔を水でザブザブ洗った。
濡れた黒いTシャツを脱ぎ、出張バッグの中から新たな黒いTシャツに着替えると、キッチンに戻った。
ヴェイル博士は、白いソファに座り、水を注いだグラスを手にキョトンとしながら、そんなギャレットを見ている。
ロドンはおもちゃをくわえ、首を傾げているように見える。
ギャレットは素早くベーコンと野菜のピラフを作ると、ダイニングテーブルにセットし、博士に言った。
「私はこれから、寝室でオーラの部下たちとリモート会議を行います。
博士はどうぞ、食事をなさってて下さい。
皿はそのままで」
ヴェイル博士が柔らかな笑みを浮かべる。
「ロークは?
食べないんですか?」
「私は後ほど。
では!」
足早に去って行くギャレットの後ろ姿を見て、博士がクスリと笑った。
そうして、ギャレットのパソコン画面には――
クロウ捜査官、ヴォーン捜査官、アッシュ捜査官、そして、隅にはノラとホイットモア渉外官が映っている。
ギャレットが低く口を開く。
「ジュリアン・クロフォードの裏家業は分かったか?」
まず、クロウ捜査官が苦笑いをしながら言った。
「クロフォードはまたも"隠して"なかったよ!
堂々と裏家業――
ではなくて、副業をやっていた!」
ヴォーン捜査官が話し出す。
「クロフォードはレジャー産業を経営していました。
ちょっと"際どい"ものもありますが、違法ではありません」
「続けろ」とギャレット。
「彼はボートのレンタルから、子供向けの安全なゲームセンター、ゴルフの練習場など多数のレジャー施設を経営しています。
その中で一つ"際どい"のが、成人女性を透明なボックスに入れて、客と女性を完全に遮断し、彼女たちに客がリクエストしたポーズを取らせ、言って欲しい言葉を要求出来るシステムです。
客は店で発行されたカードに現金をチャージし、そのボックスの読み取りキーに翳す。
そして、入金が確認されると、彼女たちは客の"お好みのスタイル"を取るという仕組みです。
もちろん、法の範囲内でね。
そして――
客が"節度"をわきまえないと、警備員が来て警察に直行することになります。
SNSのライブ動画を生身で見て、投げ銭をするようなシステムですね」
「しかも!」とアッシュ捜査官も口を開く。
「クロフォードは、このシステムを売春救済として作り上げたの!
路上で立たなくても、安全に仕事が出来るように」
ギャレットの片眉が上がる。
「店の取り分は?」
ギャレットの問いに、クロウ捜査官が即座に答える。
「なんと……たった10%だ!
彼女たちは、"衣装"を用意するだけで良い。
ボックスの照明をもっと"映える"ように変えたければ、自分で変えるだけ!
だが、客は、彼女たちを見て、酒を飲んだり、軽い軽食を取ったりする。
飲食業としても成立する。
もちろん収益は、クロフォードにとっては、それほど多くない。
しかし、この"発想"がマイアミ市長にも大受けだ!」
ギャレットが鋭い声で言う。
「街の浄化、か――
だが、彼女たちで"稼いでいた"ヤツらの恨みを買う。
そこは?」
ヴォーン捜査官が答える。
「そこがクロフォードの頭が切れるところですね。
彼女たちに法的アドバイスをして、自分の弁護士団の一人を無償で付けてやり、法律で徹底的に裁いています。
つまり、彼女たちに寄生していた、ポン引きやヒモは司法で排除される。
クロフォードは彼女たちを守るために、接近禁止命令を必ず取らせ、必要とあらば銃の携帯許可証まで取らせて、貯金が貯まると安全な地区の引っ越しまで勧めていますね」
アッシュ捜査官が続ける。
「そして、薬物を使用している女性は雇われない。
抜き打ちテストまでしている。
街で立っていた売春婦が、この店で働きたくて、薬物を断つほどよ。
その店のトップクラスの女性は、月に五千ドル以上稼ぐわ。
そして、この店から出た時の為に、昼間は短期大学や学位が取れる講座に通うことまで勧めている。
昨日まで恐怖に震えながら身体を売っていた人間にとったら、クロフォードは救済者ね」
ギャレットは「成る程」と一言言うと、続けた。
「確かに、売春婦にとっては救済者だろう。
そして、経営陣や警備員も胸を張って、その店の従業員だと言えるだろう。
市長が認める"発想"の末に出来た、クリーンな大人の遊び場だ。
だが、この店の下働きをしていた人間が、エレナ・ウィンスロウのような人間に言えるだろうか?
自分は、女性が透明なボックスに入り、ギリギリの姿で客を喜ばせる店で働いていると」
その瞬間、クロウ捜査官が掠れた声で言った。
「リアムがその店で働いていたのか……!?」
ギャレットがジロリと三人を見渡す。
「これは推測だ。
証拠がない。
ノラ、君はその店の雇用人物と給与形態を全て洗い出せ」
ノラが「ハイッ!」と言って、画面上から消える。
ギャレットが三人を見渡す。
「ひとまずジュリアン・クロフォードの件は、ノラに任せよう。
それよりも――
ウェルズ特別捜査官のようなエリートが、なぜ、リアムと関わったのか?
ウェルズ特別捜査官とエレナの家は隣り同士。
年齢もたった三歳しか違わない。
ウェルズ特別捜査官が動いたのは、"エレナを守るための理由"があったとしか思えない。
君たちは、ウェルズ特別捜査官とエレナの、"幼馴染以上"の接点を、今ある証拠からプロファイルしろ。
雑務はホイットモアに。
俺はFBIから新たな物証を得たので、そちらの精査に入る。
逐一報告を。
NYに帰れる日にちは決まり次第連絡する。
以上だ」
そうしてギャレットが、リビングに戻ると、ヴェイル博士はバイオリンを弾いていた。
ギャレットの知らない曲だ。
博士は超絶技巧を感じさせることもなく、また風のように指を動かし、弾いていた。
ギャレットの足元にはいつの間にか、ロドンがやって来てきちんと座り、ヴェイル博士を見上げている。
ギャレットは初めて感じる。
博士のバイオリンから漂う、華やかな裏にある、散りゆく花を惜しむような儚さと哀愁が自分を圧倒していく感覚を。
ヴェイル博士はバイオリンを弾きながら、歩き出す。
裸足で博士が向かった先は――
ダイニングテーブル。
そこには、ギャレットが作った二人分のベーコンと野菜のピラフの上に、ちょっと皺の寄ったラップが掛けられてあった。
博士が演奏の手を止め、小さく笑う。
「さあ、お昼ごはんにしましょう。
お腹空いちゃった!」
ギャレットは、ほんの少し瞳を見開くと「ええ」と応える。
そして、「博士はラップを掛けるのも苦手なんですか?」と言った。
そうでも言わないと、また泣いてしまいそうで――
ヴェイル博士はちょっぴり膨れると、「難しいから!」と横を向いて言うと、椅子に座った。
ギャレットがピラフを温め直し、二人は遅めの昼食を取る。
博士は「美味しい!」と言って、いつものように、にこにこと笑い、ゆっくりと食べている。
ギャレットの頭の片隅に、ジャコビーの言葉が蘇る。
「私はあの緑茶を飲んで、世界が変わりました」
そして、あのカウンセリングテープの中には――
ジャコビーの世界を変えた"神様のギフト"の存在が、リアムの"マイアミの夏"に近づく鍵を、自分に与えてくれることを、美しいバイオリンの余韻の中にいるギャレットは、まだ、知らない。
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