【26】世界を変えた神様のギフト。〜爆弾魔とリアムと主任捜査分析官の共感〜
ジャコビーは"照れくさそう"に話し出した。
「実は私は"副業"を続けられそうもなくて……。
それで、マイアミに来てみたんです。
まだフロリダ州には"来たこと"が無かったから。
そうして、マイアミビーチを歩いて……。
パラソル付きのベンチをレンタルして、海を見ていた。
他に"すること"もなかったし。
そうしたら、夕方の5時過ぎに、彼がやって来た。
私は最初、大学生かな?と思った。
サッカー生地のギンガムチェックのシャツに細いネクタイをして、チノパンを履いていて。
靴も革靴だったけど、デザイン性のある靴で。
会社員が履くような靴じゃなかった。
それに――何より彼は若く見えた。
整った顔立ちをしてスラッと背も高かったけれど、何というか……肌や目の感じが幼く見えたんです。
私は教師をしていたから、そう言うところは敏感で。
そして、ニコッと笑って言ったんです。
『オジサン、朝からいたよね?
また来たの?
それともずっといたとか?
それはないかー!』ってね。
言葉だけを聞くと不躾かもしれませんが、彼は自然体で。
失礼さは全く感じませんでした。
それで『ここ、俺の定番のベンチなの。隣、座って良い?レンタル料割り勘にしない?』って言ってきて。
だから、私は答えた。
『一日分支払ってあるから、どうぞ』と。
彼はまたニコッと笑って『ラッキー!サンキュ!』と言って、私の隣に座った。
そして、リュックから薄い緑色のドリンクが入ったペットボトルを取り出して、ごくごくと飲むと『あー!うまーい!』って言った。
それが本当に美味しそうで、私は思わず訊いた。
『そのドリンクは何かね?』と。
すると、彼はリュックからペットボトルを一本取り出した。
『はい、ベンチ代。
これね、日本のお茶なの。
日本のマーケットの限定品!
美味いから、飲んでみて。
冷やしてあるし。
世界が変わるから!』と。
私はペットボトルを受け取った。
確かにペットボトルは、良く冷えていた。
そして、一口飲んだ。
確かに――美味しかった。
尖ったところがなくて、砂糖も入っていないお茶なのに、ほんのり甘くて。
瑞々しい緑の香りがして。
すると彼は、私の顔を覗き込んで、にこにこ笑った。
『どう?世界変わるでしょ?』と言って。
そして立ち上がると、言った。
『あー腹減った!
俺さあ、今日はそこのビルで仕事だったの!
朝8時半からさっきまでカンヅメ!
これから友達とインド料理食べに行くんだ!
オジサンも何か食べなよ。
きっと朝から何も食べてない!
当たり!でしょ?』と。
私が『ああ』と答えると、『俺、明日もそこのビルでカンヅメだから、会えると良いね!』って言ったんです。
私は彼がいなくなって……。
海を見ながら、その緑茶の残りを飲んだ。
なぜか……私は泣いていた。
海が、美しいと思った。
ベンチに朝から座っていても、何も感じなかったのに。
そして、翌日も彼はやって来た。
彼は最初に言ってくれた。
『オジサン、昨日、メシ食った?
今日も食ってないとか、駄目だよ〜!
オジサンお金持ちそうなのに、何で食べないの?
どーんとさ、高いステーキとか食いなよ!』って。
挨拶よりも先に、私の食事を心配してくれたんです。
そして、また緑茶のペットボトルをくれた。
二人で並んで緑茶を飲んで。
彼は無邪気に話してくれた。
仕事のことや、好きな食べものや映画……。
そしてニコッと笑って言ってくれたんです。
『オジサンってさ〜絶対インド料理とか食べたことないでしょ?
良かったらこれから、一緒に行かない?
俺って好きなものは連続で食べられるし。
世界変わるから!』って。
私は……一瞬警戒してしまった。
浅ましいことに。
私の名前も仕事も知らないのに、一緒に食事をしようと言う彼を。
そうしたら、彼はスマホを取り出して、地図を見せてくれて。
『良かったら行ってみて!
一人でも平気だから!
種類が分かんなかったらセットを頼んで。
タンドリーチキンは必須!
でも、その高級スーツに匂いが付くかもね!
ラッシーはスゲー甘いから気を付けて!』
と、全然気にしていなくて。
私の警戒心は伝わっている筈なのに。
彼は、私が食事をしていないことを、心配してくれていただけ。
それを"笑い"に包んで伝えてくれた。
私は、こんな子に……いえ人間に、生まれて初めて出会ったんです。
彼の言う通り。
私はあの緑茶を飲んで、世界が変わりました」
ギャレットはそこまで聞くと、一旦ジャコビーが出会った青年についてプロファイルを纏めた。
・年齢20代後半(ただし、年相応ではない外見。学生に見られる程、若々しい)
・大卒
・会社員(ただし、オフィスカジュアルが許されている)
・会社は特殊な出勤形態の可能性あり。(派遣されている)
・一見人懐っこいが、観察眼がある
・頭の回転が早く、人に不快感を与えないフランクな言葉を選べる
・金銭に困っていない(日本マーケットの限定茶を愛飲出来る生活。マイアミビーチでパラソル付きベンチをわざわざ借りている)
ギャレットはそこまで纏めると、考える。
ジャコビーは修士号を持つ、優秀な理科教師だった。
見た目も威厳があり、実家も裕福。
ジャコビーの生まれなら、どんな仕事にも就けたが、彼の教育者になるという信念で、教師という職業を選んだ。
両親や兄弟もそんなジャコビーを尊敬していた。
妻もそうだ。
だが、ジャコビーの人生に、こんな青年は存在しなかった。
と言うより――
ギャレットの目がギラリと光る。
この青年が"希少な存在"なのだ。
自分がいつも、会社帰り、もしくは朝や昼休みに、自分の定位置のベンチに座るジャコビーを見て、自分には危害を加えない人間だと、一瞬で見抜いている。
そして、どんな人物なのか、"確認"した。
自分の武器――若々しい容姿、人懐っこい雰囲気を最大限に利用して。
いや、利用ではなく――
彼にとっては、これが"自然体"なのだ。
彼は自然と相手との距離を詰められる。
もしくは、離れることも出来る。
相手の立場を自然と読み取り、"自分らしさ"を消すことなく、言葉遣いや立ち振る舞いも変えられる。
これは、ギフトだ。
神からの。
ジャコビーはさぞ驚いただろう。
「オジサン!」なんて初対面で親しげに話し掛けられるのも、初めてだったに違いない。
その時、ロドンが尻尾を振って歩き出した。
ギャレットが即座に視線を向ける。
そこには――
薄いラベンダーカラーのふんわりとしたシャツと、サラリとしたとろみのあるパンツ姿のヴェイル博士がバイオリンを持って立っていた。
裸足で。
ヴェイル博士が微笑む。
「リクエストは?」
ギャレットは、何も言葉が出なかった。
仕事に不可欠と一通り知っている"教養ある楽曲"が――
余りにもこの空間にふさわしくなくて。
ヴェイル博士は黙ったままのギャレットを一度見つめると、バイオリンに目をやった。
そして、始まるパガニーニ作曲、ヴァイオリン協奏曲第2番・第3楽章 『ラ・カンパネラ』
博士は超絶技巧をまるで感じさせず、風のように指を動かす。
柔らかな昼間の日差し。
明るく軽快なバイオリンの音色。
観葉植物や花々に反射するような、キラキラとした響き。
ロドンの博士を見つめている瞳。
全てが清らかで調和を保ち、美しく平和で。
止める間もなく――
ギャレットのスティールブルーの瞳から涙が溢れる。
ギャレットは、人生で、初めて泣いた。
どんな過酷な任務にも、プロファイルにも、真正面から挑み、成し遂げ、成果を上げてきた。
ギャレットは嗚咽し、ポケットから取り出した金の十字架をそっと掴む。
ヴェイル博士は演奏を止めず、ギャレットの嗚咽すらバイオリンの音色の一つと言うように、優雅に微笑み、演奏は続く。
ロドンが音もなくやって来て、ギャレットの横にきちんと座る。
神様のギフトが、ここに、ある。
この世界を壊されたら?
この身を差し出せば、この世界を守れるとしたら?
ギャレットは初めて、心の底から"共感"した。
悲惨なまま、エレナのために死んだリアム。
そして、最悪な凶悪犯、ジャコビーにまでも。
そうして、演奏が終わると、ヴェイル博士はギャレットの元までやって来るとやさしく言った。
「For G」
G――ギャレットのために。
その刹那――
ギャレットの中でカチリとピースが嵌った。
何故、海軍大将の息子、ウェルズ特別捜査官がリアムの死に関わっていたのか――
その理由が。
こまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
次回も読んで下さると嬉しいです☆
毎日17時更新☆
Xはこちら→ https://x.com/himari61290
自作のキービジュアルやキャラクターカード貼ってます♪




