【25】悩んでいない爆弾魔。〜診療記録に中にある、リアムの最も親しい人物との接触〜
翌朝。
ギャレットはいつも通り午前5時に起きると、サッとシャワーを浴びて身支度を整えた。
リビングに行くと、ロドンは自分のベッドで丸まっていたが、ギャレットを見るとクゥーンと一鳴きして、ギャレットに付いて来た。
ギャレットはキッチンに入り、まず、ロドンには水皿に水をたっぷり入れてやった。
それから、自分のブラックコーヒーを淹れる。
ロドンは満足そうに、水を飲んでいる。
そして、ギャレットはパソコンに届いている仕事を確認する。
それから、仕事に優先順位を付け、今日のスケジュールを組み立てる。
博士は8時を過ぎても起きて来なかった。
ギャレットはロドンに朝ごはんをやり、ローウェル課長にスマホから電話を掛けた。
ローウェル課長は直ぐに出た。
「おはよう、ギャレット。
セオに何か?」
ギャレットは静かに答える。
「博士はまだ眠ってらっしゃいます。
実は、あなたにお願いがありまして」
「何だね?」
「マイク・ジャコビーを診ていた精神科医の名前。
ジャコビーの医療記録、それとカウンセリングの内容を教えて下さい。
ICレコーダーで録音された音声内容も、です」
一拍の間の後、マーカスは厳しい声で言った。
「マイク・ジャコビーはうちの案件だ。
ヤツが死んだからと言って、終わりではない。
君は昨日、ヴェイル博士のプロファイルを、直に聞いただろう?
ジャコビーをそそのかした人物がいるかもしれない。
そいつを野放しには出来ない。
殺人教唆で逮捕しなくてはならんのだ。
それにその精神科医は、匿名を条件に我々に協力してくれている。
その精神科医は優秀な人物だ。
だが、その医師はジャコビーを見抜けなかった。
捜査協力をしてくれているというのに、公になれば、その医師のキャリアが終わりかねない!」
ギャレットは静かに続ける。
「もちろん、匿名は守ります。
ジャコビーの診療記録もカウンセリング内容――ICレコーダーで録音された医師とジャコビーの音声のやり取りも、私のチーム内でしか、共有しません。
私はリアムの足取りを追いたいだけです」
マーカスは驚きと――
怒りが混じった声で返す。
「君は何を言ってる!?
エレナ・ウィンスロウとジャコビーに接点があるとでも!?
馬鹿馬鹿しい!」
ギャレットは変わらず、静かに告げる。
「偶然は三つ揃わない。
エレナとリアムはマイアミにいた。
その精神科医にも"何か"がある。
違いますか?
精神科医の名前を教えて下さい。
診療記録と、カウンセリングの"全て"の内容をオーラが精査する許可を下さい。
ローウェル課長」
そして、ギャレットのスマホに精神科医の氏名が送られ、ノラのオフィスのパソコンにも、精神科医の氏名、そして診療記録、カウンセリングの録音の"全て"が届き出す。
ギャレットはまだ博士が眠っているのを確認すると、裏庭に出て、ノラのスマホへ電話を掛けた。
ノラがいつものように勢い良く、電話口に出る。
「ハイッ!
ご用は?」
「ローウェル課長からオーラに、ジャコビーと精神科医との診療内容を精査する許可が出た。
診療内容とカウンセリング記録、そしてICレコーダーの音声は届いているか?」
ノラがプンプンして答える。
「届いてますッ!!
もう大量に!!
先に言って下さいよ〜!」
「済まん。
では、マイク・ジャコビーのかかっていた精神科医からだ。
名前は君はもう知っているだろうが、キャロライン・ベントン。
彼女の情報は?」
「えーと……!
ジョージア州出身、マイアミ大学卒。
40歳既婚女性!
夫は弁護士で子供が三人。
クリニックの場所は、マイアミのダウンタウン北西部に位置するマイアミ・ヘルス・ディストリクトにありますね!
マイアミで最も医療機関が集中している、医療機関の中枢です!」
「クリニックの経営状態は?」
ノラが即答する。
「非常に良いですね!
ベントン博士は、論文や学会でも活躍していますが、主に富裕層を相手にした精神科医としての医療的サポートと、カウンセリングがメインです!
えーと……個人経営ですが、特にHPなども持っていません!」
「成る程。
チームにはまだ、この人物についても、ジャコビーのデータについても知らせるな。
後ほど指示を出す。
ご苦労」
「了解です!」とノラが言って、ブチッと通信を切る。
ギャレットが黒いスウェットのズボンのポケットにスマホをしまうと、人の気配を感じ取り、瞬時に振り返る。
そこには、クスクスと笑う、まだ真っ白なパジャマ姿に、真っ白なシルクのガウンを羽織ったヴェイル博士がいた。
博士は鈴の音のような声で言った。
「おはようございます、ローク。
あなたは黒が好きですね。
あ、ロドンの朝ごはんをありがとうございます」
ギャレットは腕時計に目をやる。
午前10時。
「ヴェイル博士、お食事はどうなさいますか?
どこか具合でも?」
「少し、頭が痛いだけ」
ヴェイル博士はそう言うと、白く細い指先でブルーミストフラワーに触れると、続けた。
「あなたにも、こういう色が似合うのに」
ギャレットは――
金の十字架を入れてある、片方のポケットを握ると言った。
「何でも作りますから、少しだけでも食べて。
それから薬を"飲んで"下さい」
ヴェイル博士は、またクスクスと笑うと、「ええ、もちろん」と応えた。
それからギャレットはフレンチトーストを作り、ヴェイル博士と二人で食べた。
ヴェイル博士はにこにこと終始嬉しそうだったが、昨日の夕食よりも食欲が落ちていると、ギャレットは直ぐに分かった。
そして、ギャレットが水の入ったグラスを渡すと、ヴェイル博士はアスピリンを噛まずに飲んだ。
ギャレットがやさしく促す。
「博士。
アスピリンが効くまで横になっていて下さい。
私はここで仕事をしています。
ローウェル課長に伝言があればお伝えします」
ヴェイル博士が微笑む。
「そうですね。
午後にはバイオリンを弾くし。
マーカスには、メッセージを送っておきます。
ありがとうございます」
そして、きちんと座って博士を見上げているロドンを撫でると言った。
「ロドン。
ロークの言うことを良く聞いててね」
そして、ふわりと振り返り、ヴェイル博士は自分の寝室へと向かって行った。
ギャレットは博士の寝室のドアの閉まる音を聞くと、パソコンを開いた。
そして、ノラのパソコンにアクセスし、診療記録を見る。
ジャコビーの支払い方法は、クリニックの口座への一ヶ月分の前払いで銀行振り込み。
支払いが遅れた記録はなし。
ギャレットは、初回の記録を見て、僅かに片眉が上がった。
そこには――
『患者に精神的異常は見られず。話し合い。』としか記録されていなかったからだ。
ジャコビーのもはや看板と言える、強迫観念も虚栄心も、もっと言えば苛立ちや傲慢さも何もない。
そして、メモ欄にも『マイアミでの生活』とだけ。
富裕層は、時に、人には言えない"愚痴"をカウンセリングで話したりする。
ジャコビーの初回の診療記録からは、その類いの記録しか記されていなかった。
そして、一ヶ月分の週に一度のカウンセリングの診療記録は全て、それしか書かれていなかった。
ギャレットは確信する。
ジャコビーは"悩んで"いて、カウンセリングを受けていた訳ではない――
それからヘッドホンをして、ジャコビーの週に一度、二年間で約96時間分の、最初の一時間のカウンセリング内容を聞く。
そこには――
昨夜ギャレットが"予想"したように、ジャコビーは見知らぬ世界にいた。
しかも、ギャレットが昨夜、裸足で踏んだ芝生のような、信じられない程、柔らかな世界に。
そして、ジャコビーは出会っていた。
リアムよりも先に、リアムの最も親しい人物に――
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