【23】『共感』という名の15分のプロファイル〜ギャレット・ローク、守り抜くと決める〜
そうしてヴェイル博士がいなくなると、ロドンは自分のおもちゃを片付け出した。
そして、全てのおもちゃをカゴに仕舞うと、ギャレットの座るソファの横にきちんと座った。
ギャレットは、ロドンの首周りから顎の下を軽く掻くように撫でると、立ち上がった。
ジャケットを脱ぎ、丁寧にソファに置く。
ワイシャツのネクタイも解くと、その上に置いた。
そして、腕まくりをしてキッチンに立つ。
キッチンには、以前には無かった紺色のエプロンがフックに吊るされてあった。
生地を触ってみると、新品のようだ。
ギャレットはそのエプロンをすると、料理を始めた。
だが――
ヴェイル博士は15分もしない内にリビングに戻って来た。
ヴェイル博士の手には、なぜか細くて長い注ぎ口の銅色の水差しが握られていた。
ギャレットがリビングに戻る。
ヴェイル博士はリビングのローテーブルに、ICレコーダーを置き、オンにすると、観葉植物に水をやりながら話し出す。
ロドンはきちんと座ったままだ。
「――俺はFBI本部からやって来た、行動分析課の奴らを殺したい。
なぜ行動分析課かって?
シアトル支局の局員なんか吹っ飛ばしても大したニュースにはならないし、俺が“侮れない存在”だと知らしめるには、奴らは丁度良い。
武器はもちろん爆弾だ。
だったら車に取り付けるのが一番効率が良い。
他の爆弾はもう装着済みだしな。
他の爆弾!
そうなんだ!
FBIの行動分析課の奴らのせいで、俺の爆弾は爆発していないらしい!
それに、爆弾があるだけでもニュースになる筈なのに、それもない!
『週末の爆弾魔』が帰って来たのに!
許せない!
だけど、行動分析課の傲慢なマーカス・ローウェルを殺せば、俺が“侮れない存在”だと世の中に知らしめられる!
相討ちだって名前が残る!」
博士の声はやさしいままで、抑揚を付けているくらいだが、ギャレットは驚きの余り、不躾なくらい博士を見つめてしまった。
博士は花や観葉植物に水を注ぎながら、続ける。
「ジャコビーはマーカスを殺して、“侮れない存在”として名前を残そうとした。
FBIの駐車場に難なく侵入出来たのは、今迄のスキルを活かしたことと、殺されても構わないという心理状態だったからだ。
そこが、三年前までのジャコビーと決定的に違う。
『週末の爆弾魔』だった頃のジャコビーは、名前が売れていくのを喜んでいたが、決してマスコミに踊らされて爆発の回数を増やしたり、ましてや捕まろうとなんてしなかった。
彼の犯行は大胆だが、彼の行動は彼が作った爆弾と同じ、“緻密”で“慎重”だった。
今回の9個の爆弾もジャコビーらしくない。
『週末の爆弾魔』の“掟”を殆ど破っている。
ジャコビーが守った“掟”は、土曜日午前0時に犯行予告をした事と、12時間ごとに爆弾を爆発させようとした事だけ。
そして、なぜ、二年間沈黙し続けたのに、また犯行を再開したのか。
全てを鑑みて言えるのは、ジャコビーを“真に”理解してくれる人間を、ジャコビーは見付けたのだろう。
“良き”理解者じゃない。
“真の”理解者だ。
ジャコビーはその人間と一緒にいたから、この二年間、犯行を起こす必要が無かった。
そしてジャコビーが、FBIを狙って爆弾を爆発させたが、それが囮だと分かると、マーカスを撃った。
その理由は、今回の爆弾事件がマスコミに流れなかったのが、ストレス要因となったからだ。
但しこのストレス要因は、“真に”ジャコビーを理解してくれる人間ならば、取り除くことが出来た。
ところが二年間もジャコビーの“真の”理解者だった人間は、今回のストレス要因を取り除かなかった。
そもそもなぜ、“真に”理解してくれる人間がいるのに、ジャコビーは事件を再開したのか。
その“真の”理解者が、そそのかしたんだ。
“真の”理解者は、ジャコビーを二年間手元に置いて飼いならし、いつでも犯行を再開出来るように、爆弾を作らせておいて、ここぞという時に実行させた。
つまり、ジャコビーは“真の”理解者にそそのかされるまま『週末の爆弾魔』に戻り、水曜日まで犯行を続け、ジャコビーがマスコミが騒いでいないと知って“真の”理解者に不満を漏らすと、今度はマーカス達を狙えとそそのかした。
ジャコビーがマーカス・ローウェルと名指ししているところを見ると、きっと“真の”理解者から名指しされたんだ。
そしてジャコビーは“全てを”実行した。
これが僕の『共感』だ」
そう言うと、ヴェイル博士はICレコーダーをストップした。
そして、水差しを優雅に床に置いた。
そうして、まるで踊るように倒れた。
ギャレットの腕の中に。
ギャレットは受け止めたヴェイル博士を寝室に運ぶと、そっとベッドに寝かせた。
脈は正常。
熱も無い。
だが、まるで昏睡状態の患者のように、ピクリとも動かずに、博士は深い眠りについていた。
ギャレットはリビングに戻ると、ローウェル課長に電話をした。
ローウェル課長は直ぐに出た。
「セオはどうかね!?」
ギャレットが静かに答える。
「ヴェイル博士はFBIからの資料から、15分程で、マイク・ジャコビーのプロファイルを終えました。
博士はICレコーダーに向かって話していました。
私が内容を纏めますか?
それともICレコーダーの内容をそのまま送りますか?」
ローウェル課長が厳しい声で答える。
「そのまま送ってくれ。
それがヴェイル博士のやり方だ」
ギャレットが即答する。
「了解です。
直ちにローウェル課長のパソコンに送ります。
ただ、博士は深く眠っておられます。
脈拍正常、熱もない。
ですが、このまま自宅で眠らせておいて大丈夫でしょうか?」
「ヴェイル博士は、プロファイル中、観葉植物や花に水やりをしていたか?」
ギャレットは一拍置くと「ええ」と答える。
ローウェル課長がホッとしたように言った。
「ならば問題ない。
1時間もすれば起きるだろう。
起きたら、我々に面会してくれるか確認して欲しい。
君さえ良ければ明日にでも。
ヴェイル博士を急かしたりして刺激したくない」
「もちろんです。
ではヴェイル博士の様子を見計らって、確認し、あなたに報告します」
「よろしく頼む」
「はい」
そうしてギャレットは、ローウェル課長のパソコンにICレコーダーの中身を送信すると、再びキッチンに立った。
手を休めることなく動かしながら考える。
たった15分で資料に目を通し、ジャコビーに理解者がいることまで突き止めた、ヴェイル博士の能力の凄まじさを。
確かに博士のプロファイルは“繊細”で“独特”だ。
そして――『共感』とは?
それに、博士はジャコビーの“真の”理解者を、精神科医とは言わなかった。
あのジャコビーが犯行を止める程の“真の”理解者を持っているのなら、カウンセリングをしていた精神科医の役割は何だ?
ギャレットは煮込み料理の火加減を見ながら、スマホを取り出す。
「はい!」とノラの勢いの良い声がする。
「ジャコビーが掛かっていた精神科医はどこの出身だ?」
「えーと……ジョージア州です!」
ギャレットの片眉が微かに上がる。
ジョージア州はフロリダ州の隣――
「出身大学は?」
「ハイッ……って!!
うわー!うわー!うわー!
マイアミ大学です!!」
「成る程。
ご苦労」
そして、ギャレットが通話を切った時――
ロドンの軽やかな足音とともに、ヴェイル博士がキッチンに現れた。
ヴェイル博士は、はにかみながら言った。
「ご迷惑をおかけしましたよね?
すみません」
ギャレットはやさしく答える。
「いいえ。
博士のお陰で捜査は前進しました。
謝る必要はありません。
食欲はありますか?」
ヴェイル博士は小さく微笑むと、頷く。
儚くも美しいその笑顔。
だが、同時にギャレットは実感する。
その類まれなる頭脳は、博士自身を削り、危うくする、と。
ギャレットは、その瞬間、決意する。
ヴェイル博士を守り抜き、必ずリアムの足取りを辿ってみせると――
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